ルイジアナ州ニューオリンズのスーパードーム大会の翌日、86年4月20日、ミネソタ州ミネアポリス・ヒューバート・Hハンフリー・メトロドームで行われたAWAのビッグマッチ「レッスルロック」(観衆21,000人発表)に馬場とタイガーマスクが出場しました。
メインイベントはケージ(金網)マッチ、アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズがマイケル・ヘイズ&ロニー・ガービン組と対戦。前日には「ジム・クロケット・シニア・メモリアルカップ・レスリングトーナメント」に優勝したウォリアーズは連戦の疲れも見せずに激闘を展開。
Rガービンがアニマルを羽交い絞め、そこへヘイズがアニマルめがけてコーナーポスト最上段から凶器を使ったパンチを放ちましたがアニマルはこれをかわして凶器入りパンチはRガービンに誤爆。ダウンしたRガービンをアニマルが押さえ込んでカウント3が入り、7分18秒、体固めでウォリアーズの勝利となりました。
セミファイナルは81年5月10日に引退したAWAの帝王バーン・ガニアが限定復帰。ケージマッチでシーク・アドナン・アル・ケーシー(日本へは64年に日本プロレスにインディアンギミックのチーフ・ホワイト・ウルフ、74年、新日本プロレスにアラビアン・ギミックのシーク・オブ・シークス・バクダッドとして来日)と対戦、5分8秒、首固めでガニアがケーシーを丸め込んでのフォール勝ち。
セミ前には非常に興味深いカードが実現、共に全日本プロレスから新日本プロレスに移籍したブルーザー・ブロディとジミー・スヌーカがタッグで対戦。2人は前85年12月12日、仙台・宮城県スポーツセンターでの新日本プロレス「IWGPタッグ・リーグ戦」優勝決定戦をボイコットして帰国しており、新日本プロレスから追放処分を受けていましたが、スヌーカだけはブロディに付き合ってのボイコットであり、情状酌量の余地ありとしてこれより約1か月後の5月16日、後楽園ホールで開幕する「IWGPチャンピオン・シリーズ」で5か月ぶりに新日本へ復帰が決まっていました。
グレッグ・ガニア&スヌーカ組とブロディ&ザ・バーバリアン(ジョン・ノード)組というケージタッグマッチが行われました。
バーバリアンがスヌーカを羽交い絞め、そこへブロディが助走をつけてのドロップキック、しかしスヌーカがかわして同士討ち。バーバリアンが勢いでロープに背中を向けたの状態でリバウンド、リング下にいたグレッグがバーバリアンの足を掬って倒しました。リング中央でダウンしたバーバリアンにスヌーカがジャンプしてのボディプレス、12分42秒、体固めでスヌーカがバーバリアンにフォール勝ち。グレッグ&スヌーカ組に凱歌が上がっています。
4月19日、神戸・兵庫県立文化体育館で鶴田とAWA世界ヘビー級、インターナショナル・ヘビー級のダブルタイトルマッチを行い、両者リングアウトで防衛を果たしたスタン・ハンセンが神戸大会終了後、飛行機でミネアポリスまでやって来てこの日の大会に出場。
馬場の命令か、AWAのドーム大会のビッグマッチとあってかAWA世界ヘビー級王者ハンセンの参戦は不可欠として急遽日本でのシリーズ中にも関わらずミネアポリスに来襲。日本とミネアポリスでは14時間の時差があり、日本時間では4月21日月曜日の午前中となります。
ハンセンは元同王者、ニック・ボックウィンクルの挑戦を受けました。ニックがハンセンをボディスラムで担ぎ上げたところ、担がれたハンセンの片足がレフェリーに命中。ニックはボディアタック、ドリルアホール・パイルドライバーからフォールの体勢に入りましたが、レフェリーがダウンしておりノーカウント。
レフェリーが蘇生したところでニックは抗議しましたが受け入れられる訳もなく試合は続行され、ニックはハンセンにショルダー・タックルを見舞っていきましたがハンセンはこれをかわしてニックをトップロープ越しに場外に投げてしまい、10分8秒、オーバーザ・トップロープによりハンセンの反則負け。ルールによりベルト移動なし。ハンセンが王座防衛を果たしました。
プロレスvsプロボクシングミックスドマッチ、「ヨーロピアン・レスリング・ボクシングマッチ」(3分10ラウンド)ラリー・ズビスコに元世界ランカーのヘビー級プロボクサー、スコット・レドー(レドークス表記の文献もあり)が対戦。レドーはアマチュアボクシング出身で、地元がミネアポリス、元WBA世界ヘビー級王者、レオン・スピンクスが王座を獲る前に引き分けたり、ロン・ライル、ケン・ノートンにも勝ったことがある実力者。
80年にはラリー・ホームズのWBC世界ヘビー級王座に挑戦するも左目の上を大きくカットしてしまい出血によるTKO負け。この時は既にリタイア状態でしたが、地元の英雄とあって声援はレドーに集中。これに露骨に不快感を現したズビスコが5ラウンド12秒、レドーを場外に投げて鉄柱に頭部をぶつけての反則負けとなりました。
AWA世界タッグ選手権試合、王者チーム、カート・ヘニング&スコット・ホール組にスコット&ビルのアーウィン兄弟のロングライダーズが挑戦。12分9秒、カートがビルをコーナーポスト最上段からのミサイルキックを決めて体固めでフォールしカート&ホール組の防衛。
AWAアメリカス・ヘビー級選手権試合、王者サージェント・スローターにキマラ(カマラ、ジャイアント・キマラ)が挑戦、9分41秒、キマラのマネージャーであるスカンドル・アクバ(73年6月に国際プロレスに来日、ザ・シークのコピー版のようなアラビアンギミックレスラー)の乱入によりスローターの反則勝ちで王座防衛となりました。
元NWA世界ヘビー級王者、ハーリー・レイスと前AWA世界ヘビー級王者、リック・マーテルの豪華シングルマッチがさり気なく組まれています。マーテルがレイスをボディスラムに担ぎ上げましたが位置が悪くロープ際、レイスは担がれながらも身体を動かしてマーテルのバランスを崩して両者もつれて場外に転落。場外乱闘で互いの足の引っ張り合いとなり11分17秒に両者リングアウトの引き分け。このカードを前半でやってしまったのは勿体ないと思います。
馬場は全日本プロレスの常連外国人であるボブ・ブラウンとのシングルマッチが組まれ5分9秒、河津落としからカウンターの16文キックを決めての体固めで完勝。馬場の試合前にプロレス転向を発表したばかりの輪島大士がリング上から観客に挨拶。「スモウレスリングのグランドチャンピオンがプロレスに転向した」と紹介されています。
タイガーマスクは80年5〜6月の全日本プロレス「スーパー・パワー・シリーズ」に一度だけ来日した“ロックンロール“バック・ズモフとシングルマッチで対戦、10分10秒にダイビング・ボディアタックからの体固めで勝利。
1〜2月に全日本プロレスに参戦したばかりのバリー・ウィンダム&マイク・ロトンド組のUSエキスプレスvsスティーブ・カーン&スタン・レーン組のファビラス・ワンズは14分11秒、ウィンダムがレーンをダイビング・エルボードロップからの体固めでフォールしUSエキスプレスに軍配が上がりました。
ダグ・サマーズ&バディ・ローズ組とショーン・マイケルズ&マーティ・ジャネッティ組のミッドナイト・ロッカーズの対戦。サマーズ&ローズ組というのは、実は初来日が一緒。75年11〜12月の全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ第2弾」で同じシリーズに初来日、ローズはポール・パースマンの名前で来日しました。
パースマンは初来日前の75年11月8日、ミネソタ州セントポール・シビックセンターでガニアがニックに敗れてAWA世界ヘビー級王座を奪われた時のレフェリー、ニックのマネージャー、ボビー・ヒーナンの介入を見逃してニック勝利の3カウントを叩いています。
このシリーズはダスティ・ローデス&ディック・マードック組のテキサス・ジ・アウトローズが主役であり、メインイベントのタッグマッチはほとんどアウトローズばかりであり、終盤になってサマーズ、パースマンがそれぞれ1回づつメインのタッグマッチに出る位で、2人のタッグチームは6人タッグ含めて1度もありません。
ミッドナイト・ロッカーズはまだ出世する前。ジャネッティがコーナーポスト最上段から攻撃をしようとしたところ、ローズがジャネッティの足を引っ張り、ジャネッティは股間をトップロープに打ち付けてしまいます。そこをサマーズが押さえ込んで12分3秒、体固めでフォールし、サマーズ&ローズ組のベテランコンビが勝ちました。
ワフー・マクダニエルvsカーネル・デビアース(エド・ウイスコスキー)のシングルマッチは5分3秒にオーバーザ・トップロープによりワフーの反則負け。ブラッド・レイガンズとボリス・ズーコフは8分31秒にレイガンズがサイド・スープレックスからの体固めで勝ちました。
第1試合に組まれたのは女子バトルロイヤル、キャンディ・デバイン、シェリー・マーテル、デスピナ・マンタガス(後のターザン後藤夫人)、ミスティー・ブルー・シムズ、ジョイス・グレイブル、デビー・コムズ、キャット・ルルー、ルナ・バション、テーラー・トーマス、ローズ・デバインの10選手が参加。シェリーがキャンディをオーバーザ・トップロープで投げて優勝しています。
シェリーはこの年の8月に旗揚げする女子プロレスの第2団体「ジャパン女子プロレス」に10月に初来日します。
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