三沢光晴という船長を喪ったノアの方舟はその後も航海を続けました。
6月15日鹿児島アリーナ(観衆1,300人発表)でメインイベントに立った鈴木鼓太郎は力皇猛&モハメドヨネとの「DISOBEY」トリオで佐々木健介&中嶋勝彦&宮原健斗組の健介オフィス勢と対戦。三沢の死をきっかけにヒールファイトを封印しタイガードライバーで宮原をフォール。
6月16日熊本・興南会館(観衆2,400人超満員発表)のメインイベントは地元熊本出身、新GHCヘビー級王者の潮崎豪が青木篤志とのタッグで小橋建太&伊藤旭彦組と対戦。ゴーフラッシャーからの片エビ固めで伊藤を破っています。
6月18日は本来なら三沢の47歳のバースデーとなったはずの日。都内の寺院で通夜が密葬形式で執り行われ、馬場元子元全日本プロレス代表、川田利明、高山善廣、鈴木みのる、北斗晶、巡業に帯同していない秋山準、丸藤正道、本田多聞、橋誠、仲田龍取締役らが参列しました。
この日ノア勢は愛知・Zepp Nagoyaで興行があり(観衆1,300人超満員発表)、6月13日の広島大会以来、GHCタッグ王者チームのバイソン・スミスと齋藤彰俊がタッグを結成。森嶋猛&クリス・ヒーロー組と対戦。彰俊がスイクルデスからの片エビ固めでヒーローをフォールしています。
6月19日東京・中野区の宝仙寺で三沢の告別式が行われ、選手、関係者らおよそ200人が参列。
法名は「釋慈晴」(しゃくじはる)、三沢さん28年の激闘を支えて来た身体はこの日、荼毘にふされました。
6月20日新日本プロレスの大阪府立体育会館大会(観衆5,800人超満員発表)にノアから潮崎と杉浦貴が参戦。
GHCヘビー級のベルトを持って入場した潮崎は「レインメーカー」変身前の岡田かずちかとシングルマッチ30分1本勝負で対戦。
岡田はランニング・ネックブリーカー、ミサイルキックと攻め立てましたが潮崎は袈裟斬りチョップ、豪腕ラリアット、ゴーフラッシャーと畳み掛けて8分28秒、片エビ固めで完勝。
杉浦はセミ前で後藤洋央紀とシングルマッチ60分1本勝負で対戦。剛と剛、パワーが真っ向からぶつかり合った好試合となりました。
エルボー、ラリアットの打ち合い、後藤が雪崩式ブレーンバスターを見せれば杉浦も同じ技で返す。杉浦は得意のアンクルホールドにとらえるも後藤はロープへ。最後はオリンピック予選スラムの2連発で杉浦がフォール勝ち。
試合後のバックステージでテレビ朝日のアナウンサーが杉浦にインタビューをした時、「天国の三沢さんが…」という「いかにも」と言ったフリの質問に対し、杉浦は「関係ないよ!社長が生きていようが亡くなろうが、組まれた試合は一生懸命やるし、特別な思いはないよ!、そりゃあ、社長が魂になって試合を見ててくれてると思うよ。でも、それと頑張るとは違うでしょ。俺はいつでも頑張る!」
と涙を堪えながらのコメント。カッコ良かった。杉浦には男を見せてもらったような気がしました。
杉浦が2010年の東スポ大賞MVPを獲得した時、私はこの時の「ワールドプロレスリング」で見たインタビューを思い出し、よく頑張って結果出したなと嬉しく思いました。
ツアー最終戦6月22日、ノアの方舟は辛い航海を終えてプロレスの整地・後楽園ホールへと戻って来ました。
前売りチケットは既に完売となり、当日券の立見席を求めてファンが行列を作り、全てのチケットは完売。
後楽園ホール5階展示場に献花台が設置され、多くのファンが押し寄せました。全日本プロレスの太陽ケア、大日本プロレスのグレート小鹿社長、ザ・グレート・カブキの他、横浜ベイスターズの仁志敏久、内川聖一両選手も献花台を訪れ、花を添えていました。
この日は月曜日でしたが、私は何とか19時の試合開始に間に合うよう会社を出て、当時勤務地だった千葉駅前の花屋で献花用の花を買って後楽園ホールへ向かいました。
試合開始前に三沢の遺影を持ったジョー樋口タイトル管理委員長、田上明、小橋、百田光雄、小川良成がリングに上がり、その他の全選手がリングサイド
に終結、1分間の黙祷が捧げられました。
新日本プロレスから獣神サンダー・ライガーが参戦、青木閃光十番勝負第8戦を行い、サムソン・クラッチでライガーがフォール勝ち。
この日、三沢は谷口周平と驀進十番勝負第4戦を闘う予定でした。三沢の代わりとしてバイソンが谷口の十番勝負の相手を勤め、バイソンテニエルでバイソンが勝利を収めました。
この日のメインイベントは潮崎&KENTA組vs健介&中嶋組。
30分を超す激闘の末、潮崎が豪腕ラリアットからのゴーフラッシャーで中嶋をフォール。潮崎、KENTA組の勝利となりました。
全試合終了後、「スパルタンX」(変更されたカバーヴァージョン)のテーマ曲が流されると大ミサワ・コールが起き、リング内にもの凄い数の紙テープが投げこまれています。
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