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2025年07月31日07:17

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(109)

フォト

プロレスリング・ノア09年5〜6月ツアー「Southern Navig.'09」6月13日広島県立総合体育館グリーンアリーナサブアリーナ大会(観衆2,300人満員発表)メインイベント、GHCタッグ選手権試合王者チームバイソン・スミス&齋藤彰俊組vs「グローバル・タッグリーグ戦'09」覇者三沢光晴&潮崎豪組。

この試合はサムライTVで収録されていますが、三沢の事故によりオンエアはしないということが発表されていましたので、当時の新聞や雑誌から経過を追っていきたいと思います。

試合の大半は潮崎に任せており、バイソン、彰俊の連係を耐えた潮崎は10分前後ぐらいに三沢と交代。

三沢はバイソンにエルボーを放ち、彰俊にはフロッグ・スプラッシュを決めるとタイガードライバー狙いにいくも彰俊は腰を落としてこれを阻止。逆にバイソンのアイアンクローと彰俊のスイクルデスの連係攻撃を食らう。

試合は再び潮崎が捕まり、バイソンのフルネルソン、彰俊の垂直落下式ブレーンバスターなどの猛攻を浴びた潮崎が三沢にタッチ。

ここで25分を迎え、三沢はバイソンにランニング・エルボーからセントーン、エルボーで動きを止めるとコーナーポストに固定。しかしバイソンはここでアイアンクローを決めて反撃。彰俊も入って三沢を肩車し、バイソンはダブル・インパクト式のアイアンクロースラムで三沢を叩きつける。

バイソンから交代した彰俊はニーリフトの連発から三沢の後頭部へカカト落とし、さらにニーリフトを三沢のボディに決めてみせると続けてバックドロップのクラッチに入り、そのまま捻りを加えたバックドロップで叩きつけました。

これで三沢は完全に動かなくなり、身体が不自然に曲がったまま起き上がれず。

異変を感じた西永秀一レフェリーは三沢の状態を確認すると試合をストップ。27分3秒、レフェリーストップによるTKO勝ちでバイソン&彰俊組の勝利となり3度目のタイトル防衛に成功。

西永レフェリーはダウンした三沢に「動けるか?」と聴いたところ、三沢は「動けない、止めろ」と言ったと言います。

すぐさま浅子覚トレーナーがリングに上がり人口呼吸を開始。リング下にいた小川良成、鈴木鼓太郎、石森太二らが続々とリングに上がり「社長!社長!」と連呼します。試合を観戦していた医師2人もリング内へ入り、応急処置に加わり、心臓マッサージを施します。サードロープは外されました。

リング内にはAED(自動体外式除細動器)が持ち込まれ、館内に音声ガイダンスの声が流れる。三沢はAEDに付属した心電図を胸に付けられました。20時51分、観客が通報した救急隊が到着。

救急隊は心肺蘇生法を続け、館内のファンから悲鳴が上がる中、三沢は担架に載せられて救急車へ。

21時3分、三沢は救急車で広島大学付属病院へ搬送されました。救急車には応急処置を施した医師1名と百田光雄が同乗。22時、西永レフェリーと彰俊が病院へ到着。

救護の甲斐もなく、22時10分、三沢の死亡が確認されました。22時27分、小橋建太、伊藤旭彦、ジョー樋口GHCタイトル管理委員長が病院へ到着。

23時2分、山本義浩レフェリー、難波信二リングアナ、中山真一レフェリー、福田明彦レフェリー、大川正也リングアナ等のリングスタッフ、渉外部の上田健二郎が到着。

オフィシャル携帯サイトで試合の速報がアップされていたので、この時から報道陣が続々と集まり始めました。

23時38分、上田渉外部員が報道陣に経過をFAXする旨を伝える。日付が変わった6月14日0時15分、西永レフェリー(渉外部長)が三沢死亡を報道陣に伝える。

2時5分、彰俊と西永部長が病院を出発。7時〜9時30分、永源遥常務取締役、仲田龍取締役、三沢真由美夫人が東京から病院へ到着。9時54分、選手バス2台に別れ、選手達が病院に到着。

10時5分、巡業に帯同していなかった負傷欠場中の丸藤正道、フリー契約となっていた本田多聞、志賀賢太郎、川畑輝鎮、橋誠が東京から到着。

新日本プロレスのシリーズに参戦していた菊地毅、青木篤志以外の全選手が揃いました。

10時25分、三沢の遺体は潮崎、鼓太郎、三沢の最後の付け人だった太田一平、浅子トレーナーが運ばれて車に乗せられ、東京へと向かいました。

(文中の役職は当時のものです)

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