プロレスリング・ノア06年9月9日日本武道館で秋山準を破りGHCヘビー級王者となった丸藤はアメリカROHのリングに遠征しました。
9月15日コネチカット州での大会ではKENTAとのタッグでマーク&ジェイのブリスコ兄弟と対戦。KENTAがgo2sleepでマークをフォールしています。
双子の兄弟タッグチーム、ブリスコ兄弟は02年1月、大日本に来ていますが当時はまだまだ線が細くこれと言った印象も実績も残していません。(19歳でしたから当たり前ですが…)その後は悪くふてぶてしく成長し、ノア、新日本プロレスのリングにも登場することになります。
翌16日はニューヨーク・マンハッタンセンターでのビッグマッチ。
第1試合終了後、ニューヨークっ子にはリビング・レジェンドとして馴染みの深い元WWWF世界ヘビー級選手権者、人間発電所ブルーノ・サンマルチノがリングに上がり、紹介されました。
サンマルチノは現在のWWEのストーリーライン重視のエンターテインメント・プロレスが大嫌いで、ビンス親子との確執もあり、かつてのレジェンド達が「ホール・オブ・フェーム」でWWEに登場しているにも関わらず、一貫してWWEと交わろうとはしませんでした。
63年の団体設立以来のいわゆる「旗揚げメンバー」であり、63年5月〜71年1月、73年12月〜77年4月と通算12年にわたってWWWF(世界)ヘビー級王者だったサンマルチノは、私の別連載「猪木とビンス」の中でも重要な人物ですが、昔気質の頑固一徹な性格は変わりません。
日本との関わりは馬場さんとの友情があまりに有名で、WWWF王者時代、ビンス・マクマホン・シニアに何度も新日本プロレスへの参戦を打診されても首を縦に振らず、「アントニオ猪木は三流レスラー、誰が何と言おうと日本のトップレスラーはジャイアント馬場だ。」と公言していました。
馬場の流れを組むノアの丸藤とKENTAは試合前にサンマルチノの激励を受けています。
サンマルチノが紹介され、リングを降りたとこリング下にいた森嶋とサモア・ジョーが「肩がぶつかった」と口論となり、しまいには乱闘になっています。
丸藤はナイジェル・マッギネスの挑戦を受けてGHCヘビー級選手権の初防衛戦を行いました。マッギネスはノアのリングでは当時まだこれと言った実績はありませんでしたが、アメリカではサモア・ジョーを破り、ROH世界王者となるなどトップで活躍しています。
試合はマッギネスがタワー・オブ・ロンドン(コーナーを使った高角度のスタナー)を見せ、丸藤も足4の字固めでマッギネスの動きを封じ、一進一退の好試合となりました。
最後は丸藤が不知火を通常版、雪崩式と2発決めて見せ22分34秒、マッギネスをフォール。丸藤は記念すべきGHCヘビー級王座の初防衛をニューヨークのリングで果たしています。
この日、KENTAはブライアン・ダニエルソンの持つROH世界選手権に挑戦。
KENTAはこの年3月と6月にROHに単独で遠征に出かけ、3WAYでブライアンに勝利。オースチン・エイリース、ロドリック・ストロングと言ったROHのトップどころを連破し、自力で挑戦権をつかみとったものでした。
対する王者ブライアンは新日本プロレスロサンゼルス道場経験者でアメリカン・ドラゴンのリングネームで新日本プロレスにレギュラー参戦
カレーマン(クリストファー・ダニエルズ)とのタッグで04年3月に邪道、外道を破ってIWGPジュニア・タッグ王者にもなっていました。
試合はKENTAが鋭い蹴りと間接技でブライアンを追い込んでいきましたが、ブライアンのクラシカルなレスリングスタイルのペースにうまくかわされます。
ブライアンはKENTAのgo2sleepを防ぐと巧みに切り返してグラウンドへ、うつ伏せになったKENTAをネルソンに捕らえ、キャトルミューティレーション(羽根折り固め)へ。嫌がるKENTAの後頭部へエルボーを叩き込むと強引に腕をロックしてブリッジ。33分2秒、KENTAは遂にギブアップ。ブライアンがタイトル防衛に成功しています。
ブライアンの試合ぶりは昔のイギリスマットでのキャッチ・アズ・キャッチ・キャンスタイルを彷彿とさせ、往年のピート・ロバーツやWWE入りする前のロード・スティーブン・リーガルを思わせる試合スタイルで、私のようなオールドファンはたちまちツボに入ってしまいました。
この2試合はサムライTVの「有明モダンボーイズ」の中で放送され、またサムライではこの年の10月からROHの中継番組も始まり、日本にも数多くの試合のグレードの高いROHのマニアが増えています。
さて、小橋建太の右腎臓癌摘出手術による長期欠場で本田多聞とのタッグで保持していたGHCタッグ王座は、小橋&本田組のタイトル返上となり、10月13日の大阪府立体育会館(観衆3,800人発表)から新王者チーム決定トーナメントが開催されることになりました。
参加チームは元王者チームの森嶋猛&モハメド・ヨネ組、高山善廣&佐野巧真組、田上明&SUWA組、力皇猛&杉浦貴組、齋藤彰俊&KENTA組、本田&潮崎豪組、大谷晋二郎&村上和成組、ダグ・ウィリアムス&マッギネス組の8チームで、決勝は12月2日、横浜文化体育館で行われることが発表されています。
大阪大会では1回戦2試合(トーナメントは全て時間無制限1本勝負)が行われ、田上&SUWA組vsDウィリアムス&マッギネス組は田上が「俺が田上」(ノド輪落としとバックドロップの合体技)でマッギネスをフォール。
メインイベントで行われた高山&佐野組vs彰俊&KENTA組の1回戦は高山がエベレスト・ジャーマンで彰俊をフォールしています。
三沢光晴はセミ前でビッグマウスラウドのエースとなった村上和成とのシングル戦(60分1本勝負)。試合は序盤から村上がオープンフィンガーグローブを使ってのパンチ攻撃で三沢をダウンさせるとマウントパンチの連打。
三沢は村上の攻撃を受け切ります。5分過ぎに反撃を開始した三沢はエルボー7連発。村上の蹴りにも三沢はローキックで対抗し、場外戦で鉄柱攻撃。村上の額が割れ鮮血がほとばしります。リングに上がった村上に投げ捨てジャーマン2発。フラフラと立ち上がるところをエルボー5発。さらにとどめのランニング・エルボー一閃。
11分10秒、片エビ固めで三沢が勝利しています。私はこの試合日テレG+での生中継で見ましたが、体重差があったせいもあり、村上の攻撃は軽く三沢に大きなダメージを与えていませんでした。
三沢の攻撃は一発一発が重く、体力で圧倒していました。正直、村上の狂気性が存分に出たとはいい難く、噛み合う試合ではありませんでした。
ノア06年10月ツアー最終戦10月29日、日本武道館大会は15,000人(超満員発表)の観客を動員。超満員発表ながら観客数は徐々に減少していきました、
メインイベントはジュニア・ヘビー級選手同士のヘビー級タイトルマッチ、丸藤vsKENTAのGHCヘビー級選手権試合60分1本勝負。
立ち上がりはバックの取り合いでスタート。丸藤がロープワークからリープフロッグ狙いにいくもKENTAはドロップキックで先制。グラウンドの攻防からKENTAは痛烈な張り手。丸藤も張り手で応戦、ソバット。さらにエプロンのKENTAにロープ越えの飛び付き式DDT。
両者リング内でエルボー合戦。丸藤が打ち勝った。ボディ打ちからエルボースタンプでダウンを奪うとKENTAの得意のミドルキックを連発。怒ったKENTAは立ち上がってミドルキックのお返し。前蹴りからミドルを丸藤のボディに打ち込む。丸藤ダウン。
KENTAは丸藤のボディを集中攻撃。キチンシンクからニードロップ、グラウンドに持ち込んで胴絞めフルネルソン。引き起こして顔面蹴り2発。丸藤もエルボーで反撃し、エルボー合戦、張り手合戦。今度はKENTAが打ち勝った。ミドルキック4連打で丸藤をダウンさせるとトップロープからのダブルニーを腹部へ見舞っていきます。
KENTAは場外へのブレーンバスターを狙うが丸藤は素早く体を入れ替えて着地しスワンダイブ式のミサイルキック。KENTAは場外へ転落。丸藤はプランチャを放つがKENTAはこれをかわしてミドルキック。しかし丸藤はこれを読んで外し、トラースキック。さらに鉄柵越えのケブラーダ。
距離が足りずに十分回り切れなかった丸藤は鉄柵に喉を強打。KENTAは丸藤のつま先が眉間に突き刺さり出血。
リング内に戻った丸藤はキャプチュード気味の投げ技をKENTAに決めるとコーナーポストへ、追うKENTA。丸藤は回転して逃げるとスワンダイブの要領でジャンプしてKENTAを鉄柱に向かってフェースクラッシャーで叩き付けます。KENTAたまらず場外へエスケープ。リングへ戻ると丸藤のスワンダイブをスタナーで切り返してからジャンピング・ビッグブーツ。
キックの連発からKENTAは1人タッチ・ザ・スカイ(スワンダイブ式ラリアット)、フィッシャーマン・バスターからフォールの体勢へ。丸藤はカウント2でクリア。
助走をつけてのブサイクへの膝蹴りは丸藤が時間差ロープワークを使って間合いを外し、逆にカウンターのラリアット。サンダーファイヤー・パワーボムはカウント2で返され不知火を狙うが、KENTAはそのままの体勢で丸藤を場外へ放り投げる。
この後、花道での攻防へ。丸藤はブレーンバスターを狙うがKENTAは着地してジャーマン、これは丸藤が一回転して着地。続けて狙った場外での不知火は不発。
エプロンでの攻防は丸藤のジャーマン狙いをKENTAはロープをつかんで防御。奈落式の不知火を堪えたKENTAはエプロンから場外へのファルコン・アロー。場外でダウンした丸藤にKENTAはリング内からスワンダイブ式のダイビング・フットスタンプ。丸藤はカウント14でヨロヨロとリングに生還。
ここからKENTAがラッシュ。背後からのスワンダイブ式ミサイルキック、さらに後ろから串刺し式膝蹴りからタイガー・スープレックス・ホールドへ。カウント2で丸藤クリア。ブサイクへの膝蹴りも丸藤はカウント2で返す。
続けて放ったgo2sleepは丸藤が着地し、不知火を決め、両者ダウン。立ち上がった両者は垂直落下式バックドロップ、投げ捨てジャーマンをお互いに決めてみせます。
丸藤の2発目の投げ捨てジャーマンを着地したKENTAが突進すると丸藤はトラースキック2発でKENTAの動きを止めると新技の腕決め式不知火。カウント2で必死に返すKENTA。
丸藤はKENTAをコーナーポストに据え付け、雪崩式不知火を狙うがKENTAはこれを雪崩式のタイガー・スープレックス・ホールド。丸藤はカウント2で返す。
さらにKENTAはハイキック3連打からgo2sleepを決め、丸藤は大きくコーナーまで吹っ飛びましたがロープ際だったことが幸いしてロープにエスケープ。
ロープワークの攻防から丸藤のトラースキックとKENTAのブサイクへの膝蹴りの応酬。フラフラと立ち上がった両者は張り手合戦。丸藤はローリングソバットの連打からKENTAをコーナーに乗せて不知火・改。これでもKENTAはカウント2で跳ね上げる。
丸藤はとどめとばかりKENTAをリストクラッチで抱え上げるとこの日初公開となったポールシフト。真っ逆さまに脳天からマットに串刺しになったKENTAはついに返すことが出来ず、35分34秒、丸藤がKENTAを退け2度目のタイトル防衛に成功しました。
試合後のテレビインタビューで「次は?」と聞かれたところ、館内からは大ミサワ・コールが起きました。師匠・三沢との防衛戦を期待するファンの声でした。これに対し丸藤は「お客さんの言う通りに必ず持っていきます。」と「三沢超え」を宣言しました。
セミファイナルは三沢&小川良成&鈴木鼓太郎のトリオが高山&佐野&杉浦組と対戦。佐野が鼓太郎をノーザンライトボムからの片エビ固めでフォールしました。
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