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2025年07月03日07:28

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(81)

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05年7月18日東京ドーム大会を無事、成功裏に終わらせたプロレスリング・ノアは恒例のお盆休みの東北ツアーまで少し長めのシリーズオフ。

05年8月4日両国国技館(観衆10,500人満員発表)でのWRESTLE-1「W-1GPトーナメント」に秋山準が参戦。秋山は1回戦でこの年の1月を以て新日本プロレスを退団した柴田勝頼と対戦。デビュー当時から総合格闘技志向が強く、K-1の天田ヒロミ、武蔵らと対戦しています。

中邑真輔、棚橋弘至と並んで「新闘魂三銃士」として売り出されましたが、05年1月の契約更改の際、当時の草間政一社長との意見の食い違いから契約を更改せずに退団となったものでした。

試合はゴングと同時に柴田がいきなり仕掛けました。カウンターのキックからバックドロップ、さらに秋山の顔面めがけキックを2発。たまらず場外へエスケープする秋山。早くも額から流血しています。

この流血で秋山がキレた。柴田を力任せに鉄柵に叩き付けると椅子を使ってメッタ打ち。久々に「怖い秋山」を見せています。秋山は柴田をリングに入れるとフロント・ネックロックで絞り上げるとエクスプロイダーを連発。柴田はそれでも必死に起き上がるとバックドロップ、ミドルキックで反撃。

秋山は痛烈な張り手を浴びせるとエグい角度でのエクスプロイダー、そしてとどめはリストクラッチ式エクスプロイダー。13分46秒、体固めで秋山が勝利、2回戦へ駒を進めています。

この日行われたその他の1回戦は、諏訪間幸平(全日本プロレス=諏訪魔)がザ・プレデター(シルベスタ・ターカイ)にバックドロップ・ホールドでフォール勝ち。

天龍源一郎と村上和成の異色対決はビール瓶を持ち出した村上が天龍に襲いかかり、さらにボンバー斉藤レフェリーにビール瓶を振りかざし、村上の反則負け。天龍は試合には勝ったもののビール瓶の破片が目に入り目を押さえて退場。

ボブ・サップはジャイアント・バーナードと対戦。サップがバーナードの一瞬の隙をついてスクールボーイに丸め込んで勝利。

WJ時代の遺恨対決となった長州力と佐々木健介の一戦は長州が健介の試合に付き合わず、僅か6分10秒、ノーザンライト・ボムで健介の勝ち。長州はあっさりとフォールを許し、負けるとサッサと引き上げてしまいました。

かつて、95年には健介と北斗晶の結婚式の媒酌人まで勤めた長州と健介の人間関係は完全に破綻してしまったようでした。

メインイベントはグレート・ムタにこの日がプロレスデビューとなった曙との一戦。

03年の大晦日、サップにKO負けし格闘家としてのデビューを黒星スタートさせた曙でしたが、その後もチェ・ホンマン、レミー・ボンヤスキーらに惨敗し、角田信朗には勝ったものの04年の大晦日にはタレントのボビー・オロゴンにまで敗れ、K1ではついに芽が出ず。

この年の4月3日ロサンゼルスでのWWEの年間最大のビッグイベント「レッスルマニア21」でマワシを着けてビッグショーと相撲マッチを行い下手投げで勝利。

7月2日さいたまスーパーアリーナでのWWE日本公演ではビッグショーとタッグを組んでプロレスプレデビュー。マット・モーガン&カリート組と試合を行い曙がモーガンをヒッププレスで圧殺していました。

しかし、相手が海千山千のムタではいいところが出せず、毒霧からシャイニング・ウィザード、ムーンサルトプレスであっさり仕留められてしまっています。

曙はこの後、全日本プロレスでプロレスラーとしての本格修行に入り「武藤部屋」の武藤親方のもとでレスラー曙として今日の基礎を作り上げています。

ノア05年9月11日愛知県体育館(観衆4,800人発表)大会。メインイベントは鈴木みのる&丸藤正道組に齋藤彰俊&杉浦貴組のダークエージェントが挑戦したGHCタッグ選手権試合。

試合は開始早々、彰俊のスイクルデスが鈴木に決まる奇襲が飛び出し、序盤、アマレスでの実績のある杉浦がグラウンドで鈴木と互角の攻防を展開。

しかし、鈴木は杉浦の腕を思い切り絞り上げて一日の長を見せつけます。

丸藤に代わると杉浦は何とトップロープに向けて飛んで来る丸藤めがけてコーナー最上段からの雪崩式スピアー。鈴木の卍固めをオリンピック予選スラムで切り返し、また鈴木を相手にアンクルホールドで絞り上げ、さらに逆落としをクルッと回転するとドラゴン・スープレックスを見舞うなど杉浦の健闘が光ります。

彰俊も花道で丸藤をパワーボムに決めて見せるなど援護射撃。

しかし、王者チームの連携が最後は上回り、34分36秒というロングマッチの結果、最後は鈴木が逆落としからのスリーパー・ホールドを杉浦に決め、レフェリーストップで鈴木、丸藤組が2度目のタイトル防衛を果たしています。

9月15日に10月2日国立代々木競技場第一体育館で開催される「W-1GPトーナメント」2回戦で秋山準とサップが対戦することが発表されています。

ノアとK-1勢が対戦するのはこれが初めて、さらにスペシャルマッチとして三沢光晴&小川良成組vs曙&スコーピオ組が行われることも決まっています。
 
9月18日日本武道館(観衆16,500人超満員発表)大会。この日は試合順に振り返りたいと思います。
 
第7試合はKENTAにフリー参戦している元闘龍門JAPANのSUWAが挑戦したGHCジュニア・ヘビー級選手権試合。4月24日の武道館でのシングル戦ではKENTAが不本意な反則勝ちに終わっていますが、今回も前回同様、SUWAがジュラルミンケースを持参。

試合前のジョー樋口タイトル管理委員長による認定宣言の際、SUWAは認定書をひったくるとビリビリと破り捨てました。館内は大ブーイング。樋口は怒りをあらわにしてSUWAに詰めよります。

しかしSUWAは中指を突き立てて何と樋口に向かってフ○○ク・ユーポーズ。ノアのリング上ではある意味「聖域」とも言うべき樋口の怒りを買ったSUWAにファンの怒りは頂点に達しました。

試合はまたもSUWAがジュラルミンケースでKENTAの頭部を殴打。山本義浩レフェリーは即座にゴングを要請。僅か1分34秒でKENTAの反則勝ちが宣せられました。しかし、試合はこれでは終わりませんでした。

GHCタイトル戦史上、初の反則決着の裁定が下ったKENTAとSUWAの一戦でしたが、これに異を唱えたのはタイトル管理委員長の樋口でした。山本レフェリーを呼ぶと再試合を指示。

この決定に反則負け上等のSUWAは本部席の樋口に食ってかかります。これに怒った樋口は立ち上がりスーツを脱いで臨戦体制。武道館の観客は大「ジョー」コールです。

三沢以下、「誰も逆らえない」樋口を挑発して見せたのは外様でヒールとして一人ノアのリングに乗り込んで来たSUWAという男の矜持でしょう。

ここで特筆すべきは76歳の樋口の「プロレスの巧さ」。全日本プロレス時代は「失神芸」などと揶揄された樋口でしたが、やはり業界の長老とあって観客を沸かす術を熟知していました。徐々に怒り出して爆発させるまでの表情、スーツを脱ぐ仕草、ジェスチャーの一挙手一投足が本当にカッコいい。

かくして試合は再試合となり、引き揚げようとしたSUWAをKENTAが連れ戻すと試合再開。SUWAの一連の悪業にブチ切れたKENTAでしたが、ラフペースになるとSUWAに一日の長が。

手首のテーピングをほどいて首を絞め、さらに股間を鉄柱に叩きつける。しかし、ここで負ける訳にはいかないKENTAはSUWAのFFFを切り返してタイガー・スープレックスホールド。さらに顔面蹴りからブサイクへの膝蹴り、さらに左右のハイキックを見舞うととどめのブサイクへの膝蹴り。16分46秒、体固めでKENTAが王座初防衛に成功しています。

試合後、KENTAはマイクを持つと「ちょっと時間もらっていいですか。前から組みたい選手がいるってことを言ってきたんですけど、今日来てもらったんで紹介します。柴田さん、上がって来て下さい。」

大歓声に迎えられてリングに登場したのは8月にW-1GPで秋山と壮絶な喧嘩マッチをやった柴田勝頼でした。

KENTAは続けて「柴田さん、俺もう一個ベルト欲しくなっちゃったんで、一緒にヘビーのタッグベルト、巻きましょう。」と言うと柴田とガッチリ握手。

セミファイナルは天龍&秋山組の新・天龍同盟「レボリューション2005」制圧に小橋建太と田上明がタッグを結成して迎撃。

やはり、今回も小橋と天龍のチョップ合戦は最初からヒートアップ。試合開始から胸を出しての打ち合い。パワーではやはり小橋の方に歩があります。

天龍はグーパンチから、セカンドロープからのモンゴリアン・グーパンチを披露。小橋はよろけるも両手でのW袈裟斬りチョップで反撃。袈裟斬り、ローリング袈裟斬りからマシンガン・チョップの嵐。

さらにW袈裟斬りを3連発。これにはさすがの天龍も轟沈。両者はもつれ合って場外へ。その間リング内では田上と秋山の激突。田上が秋山にノド輪落としを見舞うとコーナーポスト最上段へ。秋山もこれを追って、コーナー上でノド輪落としとエクスプロイダーとの掛け合い。

しかし、この攻防を制したのは田上でした。コーナーから強烈な雪崩式ノド輪落としを決めるとフォールへ。秋山はこれを返すことが出来ず、19分2秒、田上の勝利に終わりました。

メインイベントは力皇猛に三沢が挑戦したGHCヘビー級選手権試合。三沢がGHCヘビー級のタイトル戦線に挑むのは03年3月1日日本武道館での伝説の小橋戦以来実に2年半ぶり。

1週間前の9月11日愛知県体育館での前哨戦で力皇の無双を食らって右肩を負傷した三沢でしたが、いきなりエルボー5連発で仕掛けました。力皇もラリアット、場外でのブレーンバスターでお返し。さらにコーナーポスト最上段からのダイビング・ボディプレスを2発、決めて見せました。

力皇は三沢を花道に連れ出すとパワーボム狙い、三沢さんはこれをウラカンラナで切り返し力皇は場外へ。そこへ三沢のウルトラ・タイガードロップ(トペ・コンヒーロ)。

これでペースをつかんだ三沢はミサイルキック、ジャーマン・スープレックス、タイガードライバーと畳み掛けランニングエルボーを一撃。しかし力皇はこれに屈せず、痛烈な張り手を敢行。相撲流のぶちかまし。

これが見事にヒット。三沢は後退、すかさず力皇は無双。カウント2で三沢はクリア。力皇は張り手の連発から裏無双、無双を見せ、最後はこの日4発目の無双。22分10秒、カウント3が入り、体固めで力皇が三沢超えを果たし、3度目のタイトル防衛に成功しました。

この後小橋、丸藤、KENTAの3選手はアメリカ遠征に出発しました。

私の日記に何度か書いていますが、小橋が若手だった80年代末から90年代初頭にかけては馬場さんが「もはやアメリカから学ぶものは何もない。」という方針を貫いた為、小橋は一度も海外修行を経験することなくトップ中のトップレスラーになりました。

そんな小橋がキャリア17年にして初めてアメリカマットを踏むことになりました。3選手はまず提携先ミズーリ州エルドンでWLWを主宰するハーリー・レイスのレスリングアカデミーを訪れました。

小橋は9月24日、エルドン・コミュニティセンターでW・W・(ワイルド・ウェイド)チズムと対戦。16分8秒、剛腕ラリアットで勝利。

試合後、レイスがリングに上がり、「自分はNWAのベルトを8度巻き、ミスター・プロレスと呼ばれて来た。だけど、その呼び名は小橋にこそふさわしい。」と自分が締めていたNWA世界ヘビー級チャンピオンベルトを小橋に贈呈しました。

小橋はNWAのベルトを巻いて退場しましたが、翌日「やっぱり、これはもらう訳にはいかない。」と返しています。

KENTAは後にノアに参戦するダコタとのタッグでスーパースター・スティーブ&ジェイソン・ベイツ組と対戦しましたがダコタがスティーブに敗れています。

10月1日、ニューヨークのニューヨーカー・ホテル・グランドボールルームでのROH(リング・オブ・オナー)の大会に出場。

ROHは元々はECWのグッズを制作していたスタッフが中心となって作られた団体で、WWE、TNAに次ぐアメリカ第3の団体(当時)、前04年には新日本プロレスの獣神サンダー・ライガー、同年にはドラゴンゲートのCIMAが参戦。

ストーリーラインを重視しない試合内容のクオリティの高さを誇る団体です。

小橋の名前は広く知れわたっており、小橋効果で会場は1,100人(超満員)の観衆で埋まりました。

小橋の対戦相手は当時のROHのトップであり、ZERO-ONEに来日したことのあるサモア・ジョー。

小橋はチョップの連発でジョーを追い込みますが、ジョーも日本で覚えた顔面ウォッシュ、キン肉バスターで反撃、最後は小橋がハーフネルソンスープレックスから剛腕ラリアットで23分42秒、フォール勝ちを収めています。

試合後、会場に集まったファンから何と日本語で「アーリガートー!」コールが起きました。

この小橋のアメリカ遠征の模様はサムライTVで放送され、試合以外でのオフの模様も収められ、レイス夫人のBJさんが丸藤のバースデー(9月26日)に手作りのケーキを振る舞う微笑ましい映像が流されました。
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