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2025年05月10日07:04

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【特別編】前田日明のYouTubeにおける問題提起について(27)

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05年7月11日に40歳の若さで亡くなった橋本真也の死因は脳幹出血で、橋本の実母も同じ病気で59歳で亡くなっており、家系とか遺伝と考えてもおかしくはないですが、やはり橋本の場合は団体運営からくる資金繰りのストレス、チケット販売の為のスポンサーとの設定漬け、右肩の負傷からくる運動不足などが重なったと言えます。

またかずみ夫人と離婚し、冬木弘道未亡人の冬木薫との熱愛にのめり込む私生活の乱れもありました。

ZERO-ONEには他に大谷晋二郎、田中将斗ら人気レスラーもいますが、ワンマンエースであり、「闘魂三銃士」として90年代の新日本プロレス黄金期を作った一人であり知名度が違いました。橋本が来てくれた、からこそチケットをまとめ買いしてくれるタニマチもおり、それこそ新日本プロレス時代からの古いタニマチも全国に存在していたと思われます。

地方に行けばタニマチとの宴席が多くなり、次第にアルコールの量、食事の量が増加していったと思われ、晩年の橋本は明らかにウェートオーバー気味、150Kg位はあったかと思われます。

馬場はタニマチとの宴席が苦手でしたが、それでも存命中は全日本プロレスの団体経営が円滑にいっていたのは日本テレビの強力な資金支援があったからです。

猪木クラスになると接待でも付き合う人物もそれなりの企業の社長クラスがほとんどで有名なのは佐川急便会長の佐川清会長などの超大物がいますが、合間に一人で道場で汗を流していたとのことですから、並大抵の努力ではないと思います。やはりテレビ朝日がついていたのは一番大きかったと言えます。  

平成以降は民放の地上波放送のつかない団体が増え、サムライTVなどのCS放送だけではやり繰り出来ず、エース自ら夜の街へ出てチケットを売らなければならない時代になりました。

全日本プロレスの武藤敬司、ノアの三沢光晴にも同じことがいえました。

経営者は孤独、資金繰りに奔走していても配下の所属レスラーに苦しいところを見せることはまずありません。そのあたりの意思疎通の欠如が団体分裂のトリガーとなってしまうのでしょうか…。
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