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2025年01月30日07:21

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(24)

第345戦、6月19日発売号●【予想】場外フェンス設置、大物外国人参戦で新日本も不透明決着容認へ、「サマー・ファイト・シリーズ」開幕戦(80年新日本プロレス高崎市体育館)【正解】谷底に蹴落とされた日本レスリング史上最強のヘビー級、谷津嘉章帰国後公開練習(81年新日本プロレス野毛道場)

※参考 2019年6月19日発売号は●【予想】今回に同じ【正解】灼熱地獄のパキスタンで因縁のシンと大死闘!猪木vsタイガー・ジェット・シン(79年6月18日現地時間パキスタン・カラチ・ナショナルスタジアム)、日本時間6月19日の出来事として紹介。この時点での対戦成績は90戦18勝72敗、勝率200。2013年6月19日発売号は86IWGP王座決定リーグ戦優勝決定戦、猪木vsディック・マードック(86年新日本プロレス両国国技館)

【予想解説】80年新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」開幕戦の6月19日高崎市体育館から青の「場外フェンス」がお目見え。実は新日本プロレスにおける場外フェンス設置はこれが初めてではなく、77年2月10日日本武道館での猪木vsタイガー・ジェット・シンのNWFヘビー級選手権試合、坂口征二vs上田馬之助の時に「シンと上田を逃走させない為」に木製の白塗りの場外フェンスが設置されています。

この時はセミファイナルで組まれた坂口vs上田戦で上田がフェンスを超えて逃走し試合放棄した為、観客席から怒号が起き、役には立ちませんでした。

今回は、場外フェンスの設置の理由を「観客を守る為」とし同時に審判部を設立、4月4日川崎市体育館で引退した山本小鉄を審判部長とし、ルールを策定。場外乱闘の際、対戦相手を「故意に」場外フェンス越しに投げたら反則負け、また両者が同体でフェンスから身体が外に出てしまったら両者フェンスアウトとなる「フェンスアウトルール」が採用されました。

実際はWWFとの提携路線強化で大物外国人選手が多数同時に上がるようになった新日本プロレスが不透明決着を容認せざるを得なくなったことによることがルール改定の原因と言えます。また、選手層が厚くなり、正味約45分の「ワールドプロレスリング」の生中継の中に3試合収めなくてはならないことも増えたことも要因かと思われます。

開幕戦の高崎大会はノーテレビであり、ワールドプロレスリングの画面に場外フェンスが登場したのは翌6月20日の大宮スケートセンターからの生中継からでした。

試合が「さあ、これから」と言う時に終わってしまうことでファンには不評でしたが、88年に新生UWFか旗揚げし完全決着主義を打ち出してファンの支持を得られるようになると、このルールは撤廃されています。

【正解解説】当時2024年5月に発売されたベースボール・マガジン社発行の「日本プロレス歴代王者名鑑�◆廚任藁�さんが主筆をしていますが、その中で新日本プロレス、全日本プロレスの2大メジャー団体で長くメインイベンターの座にいながら、IWGPヘビー級、三冠ヘビー級王座に一度もついたことのないプロレスラーの名前として谷津を採り上げています。

谷津は76年モントリオール五輪日本代表に選ばれ、80年のモスクワ五輪でも日本代表になっていましたが西側諸国の参加ボイコットで出場ならず無念の涙を飲み、同年10月に新日本プロレス入団。 

記者会見には猪木、坂口征二も出席、新日本プロレスでは長州力(吉田光雄)に次ぐオリンピアンの入団となりました。

「鳴り物入り」で入団した谷津は合宿所生活を免除され、提携先であったWWFのパット・パターソンに預けられて修行し、12月29日(現地時間)ニューヨークMSGでデビュー戦を行うという破格の扱いを受け、藤波辰巳がWWWFジュニア・ヘビー級王座を奪取した相手であるカルロス・ホセ・エストラーダを8分47秒、ワンダースープレックス(フロントスープレックス)からの体固めで破り勝利を飾っています。

81年に入ってからもWWFの大会で前座試合に出場、本人の言を持ってすれば「160試合ぐらいやって無敗」。WWF代表のビンス・マクマホン・シニアから見れば大事な取引先である新日本プロレスからの預り者としてマッチメイクにも特段の配慮をしたと思いますが、その谷津に突如帰国命令が出ました。

6月24日蔵前国技館での「創立10周年記念スーパーファイト」は当初猪木&ダスティ・ローデス組vsスタン・ハンセン&シン組という、前80年12月13日東京体育館における再戦が組まれていましたが、ローデスが来日キャンセル、急拠猪木のタッグパートナーとして谷津が「抜擢」されました。

結局シンも試合をキャンセルし、セミファイナルでキラー・カーンと新日本プロレスデビュー戦を行う予定だったアブドーラ・ザ・ブッチャーがハンセンとタッグを組むことになった訳です。

いずれにしても谷津にとっては荷が重すぎる相手となった訳です。この日はテレビ朝日「水曜スペシャル」で午後7時30分より90分枠で生中継。

メインイベントは60分3本勝負、レフェリーはブッチャー引き抜きに暗躍したとされるユセフ・トルコ。1本目、谷津はハンセンに先制のドロップキックを見せましたが見せ場はそこだけで後はハンセンの情け容赦ないエルボー、膝を入れられ抵抗出来ず。

ブッチャーにも地獄突き、ヘッドバット。さらに場外に落として鉄柱攻撃で流血させなぶり殺し状態、9分16秒、ハンセンのウェスタン・ラリアート一閃、上手くタイミングをずらして大きく倒れてダメージを少なくする術を知らない谷津はモロに受けてしまい、ハンセンが谷津を体固め。

当時は我が家にビデオデッキはなく時計で計っていましたが生中継はここで終了。

2本目のゴング、戦意喪失の谷津にハンセン、ブッチャーが追い討ちをかけて僅か39秒、日本組の反則勝ち、決勝の3本目は外国人組の反則に怒った猪木がビール瓶を持ち出してハンセン、ブッチャーを攻撃して1分16秒、猪木の反則負けが取られ、2−1でハンセン&ブッチャー組が勝ちましたが、2、3本目は余計だったと思います。

結果論ですが谷津のこの時の日本デビュー戦の苦い思いがトラウマとなり、その後のレスラー人生に少なからず影を落としたということは言えそうです。

※対戦成績は345戦57勝288敗、勝率165。
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