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2025年01月09日07:18

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(3)

第324戦、1月24日発売号●【予想】猪木、日テレ視聴者公募名の新技「卍固」でギブアップ勝ち、馬場&猪木組vsウィルバー・スナイダー&ボブ・ボイヤー(69年日本プロレス後楽園ホール)【正解】長く封印されてきた伝統王座を藤波が一夜で華麗に復活、WWWFジュニア・ヘビー級選手権試合、カルロス・ホセ・エストラーダvs藤波辰巳(78年ニューヨークMSG)現地時間は1月23日。

※【参考】2018年1月24日発売号は○【予想】テーズ、ホッジに敗れTWWA世界ヘビー級王座から転落【正解】50年前に強行された日本初の「ガイジン同士による世界戦、TWWA世界ヘビー級選手権試合、ルー・テーズvsダニー・ホッジ(68年国際プロレス台東体育館)この時点での対戦成績は20戦6勝14敗、勝率300。

【予想解説】卍固めはヨーロッパマット界では古くから存在していた技であり、特にイギリス出身レスラーが好んで使用することで知られた。1991年の書籍「実戦!サブミッション」(麻生秀孝監修、ケイブンシャ発行)ではこの技はグラウンド式卍固めの応用だと記述されています。

メキシコのジャベの一種にもありますが、ルチャ・リブレの起源においてヨーロッパとの技術交流があり、どちらがオリジナルとは一概に定義づけできません。

日本での公開は猪木によって68年12月13日、後楽園ホール大会で馬場と組んでのブルート・バーナード&ロニー・メイン組とのタッグマッチにおいて、バーナードを相手に初公開。1本目は17分3秒、日本組の反則勝ち。2本目4分34秒、猪木が新技でバーナードからギブアップを奪い2−0で反則含みながらBI砲がストレート勝ちしています。この時の決まり手が「ぶどうつる固め」(グレープバインホールド)と発表されました。

当時の報道ではコブラツイストが猪木だけでなく他のレスラーも好んで用いるほど一般化してしまったため、より威力のある技をと、開発したと解説されています。代表的なところでは、猪木が新技卍固めを初披露した1週間前の68年12月6日蔵前国技館で馬場が当時の現役NWA世界ヘビー級王者だったジン・キニスキーを迎え撃って行われたインターナショナル王座防衛戦、1−1からの決勝の3本目、馬場がコブラツイストをキニスキーにガッチリと決めました。 

もがき苦しむキニスキー、レフェリーの沖識名がギブアップかどうかを確認しに顔を近づけた時、自力脱出は困難と判断したキニスキーが沖レフェリーを殴って反則負け。「ギブアップより栄光の反則負け」を選び、馬場はNWA世界ヘビー級王者に勝ったとして「日本の馬場が世界一強い」を印象付けています。

馬場のコブラツイストは「ジャイアントコブラ」とも呼ばれ、209cmの馬場の巨体が大蛇のように相手に巻き付き説得力は十分、これを見て猪木が悔しくない訳がありません。

時期的に見て卍固めは馬場vsキニスキー戦よりもかなり前に修得していたはずで、試合で出すタイミングを狙っていたかと思います。

猪木の新技の名前の一般公募が日本プロレスの中継局であった日本テレビ「日本プロレス中継」を通じて行われました。日本テレビには葉書が殺到。

本稿で採り上げた馬場&猪木組vsスナイダー&ボイヤー組のタッグマッチは1月24日後楽園ホールからのテレビ生中継、試合前にこの日番組の冒頭でで35,000通を超える応募の中から「卍固め」(アントニオスペシャル)に決まったと発表されています。猪木は「チャンスがあったら今日の試合で出してみたいですね。」と早くも「卍予告」。

1本目は16分8秒、日本組の反則勝ち、2本目ついに3分31秒、猪木がボイヤーを卍固めでギブアップさせて馬場&猪木組のBI砲が反則含みながら2−0のストレート勝ちを飾っています。

【正解解説】こちらは2019年1月23日発売号で一度採り上げられた既出ネタ。藤波は74年12月8日、刈谷市体育館で行われた第1回カール・ゴッチ杯争奪リーグ戦決勝で小沢正志(キラー・カーン)を破り優勝。海外修行の切符を手に入れました。

75年5月30日、後楽園ホールでの「ゴールデン・ファイト・シリーズ」開幕戦のリングで観客に藤波と共にヨーロッパ修行に出る木戸修、メキシコ修行に出発のリトル浜田(グラン)、橋本小助(引退)と海外修行出発の挨拶を行った後、「アメリカでショーマンスタイルのレスリングを身につけるより、ヨーロッパで本物のレスリングを勉強して来い」という猪木の方針により、6月5日に初渡欧。先ずは西ドイツのハノーバーで修行を積み、翌76年2月に木戸が帰国するとフロリダのカール・ゴッチの元へ。

ゴッチの指導を受けノースカロライナへ転戦し、ドクター・フジナミのリングネームで活躍。77年からはメキシコUWAで試合をし、カネックと抗争を展開しました。そして78年1月23日、ニューヨークMSGのリングに出場。カルロス・ホセ・エストラーダのWWWFジュニア・ヘビー級王座に挑戦。

この日は当初、藤波はトニー・ガレアと復活の同王座決定戦を行うと発表されていましたが、3日前の1月20日、ニューヨーク州ユニオンディールのナッソー・コロシアムでエストラーダとガレアが王座決定戦を行いエストラーダが勝って新王者となっていました。(実際にはこの王座決定戦も行われていない可能性大)

11分31秒、藤波がフルネルソンから投げてブリッジして固めるそれまで見たことがなかった新兵器、ドラゴン・スープレックスホールド(飛龍原爆固め)でエストラーダを破り王座を獲得。3月には凱旋帰国を果たしドラゴンブームを巻き起こします。

しかし、ここで私が問題にしたいのが「日付」の件でこれを「1月24日の出来事」として書かれているのが腑に落ちないです。従前より海外での出来事は現地時間で統一して書くのが慣例。

確かに日本時間にすれば24日には違いないですし過去にもテリー・ファンクがジャック・ブリスコに勝ってNWA世界ヘビー級王座を戴冠した(現地時間75年12月10日フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンター)のを12月11日の出来事、猪木vsタイガー・ジェット・シンのパキスタン決戦(現地時間79年6月18日カラチ・ナショナルスタジアム)を6月18日の出来事として採り上げているのはご都合主義なことこの上ないと思います。

※対戦成績は324戦56勝268敗、勝率172。

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