いよいよ、ストロング小林さん現役最後の闘い、81年10月8日蔵前国技館「創立10周年記念興行第3弾 新日本プロレスvs国際プロレス全面対決」&10月9日後楽園ホールで開幕する「闘魂シリーズ」に突入致します。私は両日生観戦しています。
10月8日、全日本プロレスの「創立10周年記念大会」の1日前に後から同会場での興行をぶつけてきた新日本プロレスと国際プロレスの全面対抗戦は、僅か2週間前の9月23日田園コロシアム大会に13,500人超満員札止めの大観衆を集めたばかりにも関わらず、13,000人(テレビ収録、超満員札止め)の大観衆を動員、新日本プロレスの人気の高さを証明してみせました。
この日は試合順に振り返りたいと思います。第3試合は前田明(日明)とジ・アサシン(ティム・トールツリー)とのシングルマッチ30分1本勝負で7分12秒、体固めでアサシンが勝ちましたが、アサシンは身長こそ高いもののあまりに線が細く、体重はおそらく正味70Kg前後と思われ、体幹の太さでは若手時代の前田にも負けていました。
第4試合、星野勘太郎&グラン浜田&ジョージ高野組と「地獄の伝道師トリオ」エル・シグノ&エル・テハノ&ネグロ・ナバーロ組の「ロス・ミシオネロス・デ・ラ・ムエルテ」の6人タッグマッチ30分1本勝負で16分47秒、シグノがG高野を体固めで降し、ミシオネロスの完勝に終わりました。日本マットに初上陸した「6人タッグの専門屋」でした。
第5試合は新日本プロレス対国際プロレスの対抗戦、剛竜馬とアニマル浜口の45分1本勝負。レフェリーは国際プロレス側から若松市政が務めました。
国際プロレス側から見れば剛はS小林同様、国際プロレスに見切りをつけて出て行き、新日本プロレスに移った裏切り者。
浜口が先手を取った。レッグロックからレッグブリーカーと足殺しで剛の動きを止めました。剛も上体を起こしてドロップキック、ネックブリーカー・ドロップで反撃に転じます。
浜口は剛をボディスラムで投げてからコーナーポスト最上段からのフライング・ボディプレス、カウント2で剛が返すと畳み掛けるようにパンチの連打からエルボードロップ、さらにギロチンドロップ。これは剛がかわして自爆。
剛はパンチの連打から浜口を抱え上げてアトミックドロップ、勢いで浜口は場外に転落。剛は上がってきた浜口にサイド・スープレックスで投げてから首4の字固め。
ここで首4の字固めにいってしまう剛のセンスも残念なものがありますが…。まぁ浜口のスタミナを奪う作戦なのでしょう。
浜口の身体を引き起こした剛はトドメとばかりバックドロップからフォールの体勢へ。カウント2。ならばと剛はコーナーポスト最上段からのダイビング・エルボードロップ、これは間一髪浜口がかわして剛は自爆。
浜口は剛を肩に担ぎ上げるとエアプレーンスピン(飛行機投げ)から後方に垂直に倒れるブロックバスター(サモアン・スープレックス)9分29秒、体固めで浜口がフォール勝ちしています。
試合後は、国際プロレスの先輩後輩としてガッチリと握手を交わしました。対抗戦は国際プロレスがまず1勝。浜口は「次は長州を狙う」と長州力に宣戦布告。
ストロング小林は第6試合に出場、坂口征二との元北米タッグ王者コンビでビリー・クラッシャー(マスクド・スーパースターの素顔ヴァージョン)&バッドニュース・アレン組とタッグマッチ30分1本勝負で対戦。力対力の攻防となりました。
Bクラッシャーは巨大を軽々と宙に舞わせてのフライング・クロスアタックをS小林に見せれば、S小林はカウンターのパンチでアレンを倒す。坂口がアレンにジャンピング・ニーアタックを決めるも決定打とは成らず7分59秒、両チームリングアウトの引き分けに終わっています。
私がS小林を生で観たのがこの試合が最後でした。(92年3月1日横浜アリーナでのエキシビションを除く)
※観戦チケットをアップ致しました。
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