一方、本稿(592)、(593)に詳しく書きましたが前80年2月に東京12チャンネル(テレビ東京)主導で国際プロレスに入団した大木金太郎ですが、ラッシャー木村と並び「2大エース時代到来」と言われたものの集客、テレビ視聴率共低迷からは脱せず。
10月には東京12チャンネルの「国際プロレスアワー」が毎週月曜日午後8時から毎週土曜日午後8時に変更になりました。この時間帯は日本テレビの「全日本プロレス中継」が79年3月一杯で撤退を余儀なくされた時間帯です。
豪華外国人メンバーを集結させた全日本プロレスが上手くいかない時間帯に国際プロレスが進出しても上手くいくはずがなく、移行第1弾となる10月4日、近江八幡市立運動公園体育館からの90分拡大特番は、ラッシャー木村vsビッグ・ジョン・クインのIWA世界ヘビー級選手権試合、大木vs上田馬之助のインターナショナル選手権試合、マイティ井上&アニマル浜口組vsアレックス・スミルノフ&ザ・USSR(チャーリー・フルトン)組のIWA世界タッグ選手権試合の3大タイトルマッチを組んだにも関わらず、視聴率は4.5%と不振でした。
大木は「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」11月8日、新潟県新井市民体育館でのエル・ドーベルマン戦を最後に眼の病気「右角膜エロゲオン」の為戦列を離れ、治療の為韓国に帰ると報じられましたが、実際は東京12チャンネルとの契約が更新されず帰国したものでした。
観客動員、視聴率低迷に苦しむ国際プロレスですが、翌81年1月には「ルー・テーズ杯争奪予選リーグ戦」を開催、起死回生を狙いましたが上手くいかず、81年3月を以て東京12チャンネルから「国際プロレスアワー」レギュラー枠の打切りが決まってしまいました。
4月の番組改編期からは単発番組として放送するということになりましたが放映権料収入のダウンによるダメージは国際プロレスの苦しい資金繰りを直撃しました。
国際プロレスから離れた大木は再び馬場とよりを戻し3月4日、金一道場主催の「全斗煥韓国大統領就任祝賀イベント」に全日本プロレスからグレート小鹿、大熊元司、石川隆士、百田義浩、百田光雄の5選手とエキサイト・シリーズに参加していたマリオ・ミラノ、ボブ・ブラウンが出場。
韓国・ソウル市奨忠体育館で行われた大会では大木はBブラウンを破りインターナショナル王座29度目の防衛に成功しています。
大木の全日本プロレス復帰により馬場としてはワンチャンで大木が「力道山先生の形見」と後生大事に保持していたインターナショナル王座のベルトを取り上げることを企てました。韓国で水産事業を営み、資金が必要だった大木は馬場に落とされ、インターナショナル王座を明け渡すことに応じました。こちらについては順を追って書いていきたいと思います。
興行が苦しかったのは国際プロレスだけではなく、全日本プロレスも一緒で2〜3月の「エキサイト・シリーズ」に来日したキラー・カール・コックスが帰国後、ブッカーのテリー・ファンクに「オールジャパンのビジネスが危ないのではないか?、テレビではニュージャパンの方が盛況だ。」と言っていたという話は聞いたことがありますが、確かに巡業で廻った会場は国際プロレス並みの小規模会場ばかり。
馬場3,000試合連続出場突破記念日、ハーリー・レイスvs馬場のNWA世界ヘビー級選手権試合(2月15日)
は後楽園ホールでの開催。自身が馬場に挑戦したPWFヘビー級選手権試合(3月3日)も千葉公園体育館。
66年5月に日本プロレスに初来日したコックスはプロレス人気絶頂期に来日。15年間で蔵前国技館、大阪府立体育会館で万余の大観衆の前で馬場のインターナショナル王座に挑戦した実績を持つコックスにとっては今回のシリーズの会場はあまりにローカルかつ小さく、そういった懸念を持ったとしても何ら不思議ではないでしょう。
81年全日本プロレス「新春ジャイアント・シリーズ」と「エキサイト・シリーズ」は「馬場3,000試合連続出場突破記念」と銘打ったにも関わらず興行的には低調に終わりましたが、日本テレビ「全日本プロレス中継」では「馬場3,000試合連続出場、栄光の軌跡」として11回に亘り馬場の過去の名勝負ダイジェストを放送し「面白かった」と視聴者から高評価を得ています。
そこで全11回の放送記録を紹介しておきます。
第1回 1月3日放送(1月2日後楽園ホール大会より中継)vsブルーノ・サンマルチノ(インターナショナル選手権試合、67年3月7日蔵前国技館)、vsボボ・ブラジル(インターナショナル選手権試合、68年6月25日愛知県体育館、同6月27日蔵前国技館)
第2回 1月10日放送(1月7日石巻市総合体育館より中継)vsディック・ザ・ブルーザー(インターナショナル選手権試合、68年2月28日東京体育館)vsクラッシャー・リソワスキー(インターナショナル選手権試合、68年1月3日蔵前国技館)
第3回 1月17日放送(1月13日島原市体育館より中継)vsジン・キニスキー(インターナショナル選手権試合、70年12月3日大阪府立体育会館、同12月19日ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム)
1月24日放送(1月18日後楽園ホールより中継、バーン・ガニアvs馬場)はなし。
第4回 1月31日放送(1月19日大津市皇子が丘体育館より中継)vsドリー・ファンク・ジュニア(NWA世界ヘビー級選手権試合、69年12月3日東京体育館)、馬場&猪木組vsドリー&テリー・ファンク組(インターナショナル・タッグ選手権試合、70年8月4日東京体育館)
第5回 2月7日放送(1月22日韮崎市運動公園体育館より中継)vsフリッツ・フォン・エリック(インターナショナル選手権試合、69年12月18日ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム、同70年3月3日愛知県体育館)
第6回 2月14日放送(2月11日流山市総合体育館より中継)vsジャック・ブリスコ(NWA世界ヘビー級選手権試合、74年12月2日鹿児島県立体育館)
第7回 2月21日放送(2月15日後楽園ホールより中継、レイスvs馬場)vsレイス(NWA世界ヘビー級選手権試合、79年10月31日愛知県体育館)
第8回 2月28日放送(2月12日津市体育館より中継)vsザ・デストロイヤー(インターナショナル選手権試合、69年3月5日東京体育館、世界ヘビー級王座争覇戦第4戦、72年12月19日新潟市体育館)
第9回 3月7日放送(2月18日飯坂町福島市民センターより中継)vsアブドーラ・ザ・ブッチャー(第13回ワールド・リーグ戦優勝決定戦、71年5月19日大阪府立体育会館、PWFヘビー級選手権試合、79年2月10日イリノイ州シカゴ・インターナショナル・アンフィシアター)
第10回 3月14日放送(2月25日洞爺湖スポーツセンターより中継)vsビル・ロビンソン(PWFヘビー級選手権試合、76年7月24日蔵前国技館)、vs大木金太郎(75年10月30日蔵前国技館)
第11回 3月21日放送(3月3日千葉公園体育館より中継)ドリー&テリー組vs馬場&鶴田組(インターナショナル・タッグ選手権試合、73年10月9日蔵前国技館)
以上です。リアタイの中継が退屈でも名勝負集は毎週楽しみでした。
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