この時期の全日本プロレスは81年「エキサイト・シリーズ」が3月3日、千葉公園体育館で閉幕すると、前回書きましたように馬場は、3月4日にメキシコ入りよりNWAのメンバーであるサルバトーレ・ルッタロース二世の招聘によりドリー・ファンク・ジュニアと共にプロレスラー生活21年にして初めてメキシコ遠征を敢行、EMLL(現在のCMLL)のリングに参戦しましたが。
メキシコでの馬場の呼び名は「ババ・エル・ヒガンテ」(ババ・ザ・ジャイアント)。ストロング小林とは違いやはり超大物だけに遠征の記録はきちんと残されています。
3月6日アレナ・メヒコ
6人タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&ドリー&ミル・マスカラス(2−1)エル・グラン・マーカス&ハルコン・オルチス&アルフォンソ・ダンテス
�’肋�(体固め)ドリー
�▲疋蝓�(体固め)馬場
��マスカラス(体固め)マーカス
3月7日アレナ・プエブラ
タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&ドリー(2−1)マーカス&オルチス
3月8日アレナ・コリセオ・デ・グァダハラ
タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&ドリー(2−1)オルチス&トニー・ベネット
3月11日アレナ・コリセオ・デ・アカプルコ
6人タッグマッチ時間無制限さん本勝負
馬場&ドリー&リンゴ・メンドーサ(2−1)ダンテス
&シェン・カラス&アブドラブレ・ルビ・ルバルカバ
IWA世界ヘビー級選手権試合時間無制限3本勝負
マスカラス(2−1)マーカス
3月12日アレナ・イザベル
6人タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&ドリー&リンゴ・メンドーサ(2−1)マーカス&シェン・カラス&ルバルカバ
3月13日アレナ・メヒコ
タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&マスカラス(2−1)ドリー&マーカス
�.泪好�ラス(体固め)ドリー
�▲疋蝓�(体固め)マスカラス
��マスカラス(体固め)マーカス
3月14日ピスタ・アレナ・レボルシオン
6人タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&ドリー&オルチス(2−1)ダンデス&マスカラ・アニョ・ドスミル&ベネット
3月15日アレナ・コリセオ・デ・モンテレイ
タッグマッチ時間無制限3本勝負
馬場&オルチス(2−1)ドリー&マーカス
2月21日、UWAのアレナ・ソチミルコでS小林とタッグで対戦したマスカラスですが、マスカラスとメキシコの国民的英雄エル・サントの2人は団体の壁なく出場できる別格的存在でした。ちなみにドスカラスはUWAと契約していましたが、83年の「世界最強タッグ決定リーグ戦」までは来日は全日本プロレスのみでした。
ハルコン・オルチスは78年8月の「サマー・アクション・シリーズ2」にエル・ハルコンとして初来日しマスカラスとマスカラ・コントラ・マスカラで対戦したクエルボ・オルチス。
アルフォンソ・ダンテスは翌82年に全日本プロレスに初来日しました。シェン・カラスは76年10月に新日本プロレスに1度来日。マスカラ・アニョ・ドスミルはシェンの弟です。
馬場の全ての試合にドリーが絡んでいた為、馬場がルチャリブレの世界に飛び込んだ感じはなく、ルチャに融合した感じは全くありませんでした。このメキシコ遠征は日本テレビの中継クルーは同行せず映像が残っていないのが残念です。
毎週土曜日午後5時30分からの放送ではメキシコからの実況まで予算が出なかったのかも知れませんが、後発のテレビ朝日「ワールドプロレスリング」が既にメキシコからの中継をやっており、老舗日本テレビの意地を見せてアレナ・メヒコ大会だけでも放送して欲しかったと思います。
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