80年12月16日、東京・銀座キャピタルホテルにおいて東京スポーツ新聞社制定、80年度「プロレス大賞」の選考会が開催され、80年度のプロレス大賞各賞が決定しました。
最優秀選手賞(MVP)は猪木が2年ぶりに返り咲いて5度目の受賞。猪木と馬場がノミネートされ、猪木が13票、馬場が7票とダブルスコアに近い差がついての文句なしの受賞。
NWFヘビー級王座は2月8日、東京体育館でスタン・ハンセンにリングアウト負けで一度は奪われるも4月3日、蔵前国技館で55日ぶりに奪回。また4月13日にはメキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロカミノスでタイガー・ジェット・シンを反則勝ちながら破りUWA世界ヘビー級王座を獲得。
「第3回MSGシリーズ」と「MSGタッグ・リーグ戦」の両方のリーグ戦を制覇。また2月27日、蔵前国技館では極真空手のウィリー・ウイリアムスとプロレス対空手、双方のジャンルの威信を賭けた果たし合いともいうべき死闘を展開、両者ドクターストップの傷み分けに終わりましたが、殺伐とした雰囲気の中、プロとして興行を成立させた力量はMVP受賞に相応しかったと思います。
年間最高試合賞(ベストバウト)は12月11日、全日本プロレス蔵前国技館で行われた「世界最強タッグ決定リーグ戦」公式戦馬場&鶴田組vsドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクス戦。
結果は43分50秒、鶴田がテリーにリングアウト勝ちし、馬場&鶴田組が最強タッグ2年ぶり2度目の優勝を果たしていますがこれについては正直結末もスッキリせず、年間ベストバウトと呼ぶには少々疑問もありますが、新日本プロレスと全日本プロレスのパワーバランスに配慮した忖度ぶりが伺えます。
ノミネートと投票結果は馬場&鶴田組vsファンクス組が10票、ハンセンvs猪木のNWFヘビー級選手権試合(4月3日、新日本プロレス蔵前国技館)が9票と僅差、決戦投票で決定。
最高殊勲選手賞(準MVP)は馬場が74年に次いで2度目の受賞、ノミネートと投票結果は馬場が10票、猪木が6票、9月4日、佐賀スポーツセンターでハーリー・レイスを破り、3度目のNWA世界ヘビー級王座を獲得したことが評価されての受賞となりました。
年間最高タッグチーム賞は馬場&鶴田組の師弟コンビ。ノミネートされたチームと投票結果は馬場&鶴田が13票、「MSGタッグ・リーグ戦」優勝の猪木&ボブ・バックランド組の「帝王コンビ」が4票、棄権が5票。馬場&鶴田組はインターナショナル・タッグ王座を年間5度防衛、世界最強タッグ決定リーグ戦の優勝が評価されての受賞。
新日本プロレスの北米タッグ王者チームである坂口征二&長州力組もこの年王座転落もなく、5回の防衛に成功していますが対戦相手チームがタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組以外はシリーズのトップ外国人チームではなく馬場&鶴田組に比べると見劣りするのは事実。
国際プロレスのIWA世界タッグ王者チーム、マイティ井上&アニマル浜口組は3月31日、後楽園ホールでの対木村健吾&永源遙組(新日本プロレス)戦で木村健のプランチャで浜口が場外で失神、脳震盪を起こし、試合は反則勝ちで防衛もその後欠場でベルトを返上しており、こちらも対象外でしょう。
殊勲賞は藤波辰巳、初受賞。ノミネートと得票は藤波が12票、次点が木村健で7票。WWFジュニア・ヘビー級王座を12回(選考会後に行われたドン・ダイヤモンド戦は除外)連続防衛。2月1日には札幌中島スポーツセンターでスティーブ・カーンを破りNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座を獲得したことが評価されての受賞。個人的には藤波の試合の安定感は素晴らしく、最高殊勲選手賞(準MVP)は藤波だと思います。
敢闘賞はアニマル浜口、初受賞。ノミネートと得票は浜口が10票、次点がラッシャー木村の4票。前述の通り3月31日の後楽園ホールでは木村健のプランチャを受け損ねて失神、欠場となったものの、6月28日、福島県大越町民体育館での「ビッグ・サマー・シリーズ」開幕戦から復帰。
7月15日、富士市吉原体育館ではM井上と組んでストロング小林&永源遙組の手に渡っていたIWA世界タッグ王座を奪回。12月13日、新日本プロレスの東京体育館では寺西勇とのタッグで新日本の藤波&木村健組と対戦、敗れましたが内容の濃い試合を見せ、国際プロレスの切り込み隊長として存在感を発揮しました。
技能賞は木村健。初受賞。ノミネートと得票は11票、次点は藤波で7票。7月23日、北九州市西日本総合展示場で藤波が右手薬指骨折により返上したNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座を決定戦でブレット・ハートを破り獲得。前王者藤波も含めて4度の防衛に成功。11月3日、蔵前国技館でチャボ・ゲレロに敗れ王座転落しましたが、藤波の独占だった新日ジュニアの二本柱になった点を評価されての受賞。
大衆賞はアブドーラ・ザ・ブッチャー(2度目)とスタン・ハンセン(初)、ノミネートと得票数はブッチャーが9票、ハンセンが8票の僅差でダブル受賞。他はテリー・ファンクが3票。
ブッチャーは全日本プロレスの年間8シリーズのうち半分の4シリーズ参戦、ハンセンは新日本プロレスの年間7シリーズのうち5シリーズ参戦と年間を通して広く参戦、テレビへの露出含めて興行の看板となりました。
特にハンセンの活躍ぶりが顕著で、当時最優秀外国人選手賞があったら満票で受賞していたのではと思われます。
各団体から1名ずつ選ばれる努力賞は全日本プロレスからはプリンス・トンガ(投票の結果はトンガ12票、大熊元司4票)、新日本プロレスからはジョージ高野(投票の結果はG高野9票、長州力5票)、国際プロレスからはマッハ隼人(投票の結果はM隼人9票、浜口6票)、いずれも初。
この年の4月25日、高知県民体育館でのザ・シーク戦でデビュー以来、国内3,000試合連続出場を達成した馬場に最高特別大賞が贈られています。
第8回チャンピオン・カーニバルに初優勝したジャンボ鶴田はこの年UNヘビー級王座から2度転落したことが影響したか、個人での受賞はなし。
S小林も年間を通して試合内容は良く、第3回MSGシリーズ決勝リーグ戦進出、6月29日には古巣国際プロレスのリングに乗り込み永源と組んで王座決定戦でM井上&寺西組を破り、IWA世界タッグ王座を獲得、MSGタッグ・リーグ戦もイーブンの成績で終えたことを勘案すると敢闘賞に値すると思います。
プロレス大賞選考委員は委員長が高橋典義東京スポーツ新聞社取締役編集総長、田鶴浜弘(プロレス評論家)菊地孝(フリー、プロレス評論家)、鈴木庄一(月刊プロレス編集顧問)、竹内宏介(ゴング)、小池幸雄(フクニチスポーツ)、山浦力(レジャーニュース)、松下正雄(新大阪新聞社、週刊ファイト)、大加戸康一(デイリースポーツ)、佐藤匠市(デイリースポーツ)。
東スポからは和喜多正明(編集局次長)、桜井康雄(運動部長)、門馬忠雄(運動部副部長)長田基(運動部)、永島勝司(運動部)、松田隆(運動部)、堀内良夫(運動部)川野辺修(運動部)、鈴木皓三(写真部副部長)、富田政宣(写真部)芳本栄(写真部)、山田隆(出版部長)。
山田氏が2年ぶりに復活しましたが肩書は出版部長になっていました。
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