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2024年02月19日10:29

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週プロ流智美あの日あの時予想2023年総括(42)

第311戦、10月18日発売号●【予想】馬場戦決定の大木が自身を記念した体育館こけら落としで王座防衛、インターナショナル選手権試合、大木金太郎vsマリオ・ミラノ(75年韓国・ソウル市文化体育館)【正解】毎日がオールスター戦シリーズの落とし穴、オープン選手権の参加選手発表(75年全日本プロレス六本木事務所)

【参考】2017年10月18日発売号は悪の主役・呪術師が全日本のシングル王座初戴冠、PWFヘビー級選手権試合、ビル・ロビンソンvsアブドーラ・ザ・ブッチャー(78年全日本プロレス宇都宮・栃木県体育館)

2017年10月18日発売号、第7戦の予想は○※対戦成績は7戦2勝5敗、勝率286。

【予想解説】75年9月、馬場は権五台大韓プロレス協会会長の招きで韓国マットを視察、9月22日深夜、ソウル市内のホテルのレストランでグレート小鹿、大熊元司と馬場が晩い夕食を摂っていたところ、5月まで新日本プロレスのリングに上がっていた大木金太郎が姿を現し馬場に挑戦表明。

大木は馬場に「ソウルまで来ていて無視するのか、3年前、挑戦したのに、それっきりだ。俺の挑戦を受けろ!」と迫りました。

馬場は「向こう(新日本プロレス)とは(契約は)何もないのか?」と確認、大木は「ああ、何もない」と次に新日本プロレスに上がる予定はないと答えています。

それを聞いた馬場は「今日は夜遅いから明日改めて話をしよう」と約束死ています
 
翌23日ソウル市内で馬場と大木の話し合いが行われ、馬場が大木の挑戦を受諾、馬場が日本に帰国してから正式に日時、場所が発表される事になりました。

新日本プロレスの「第2回ワールド・リーグ戦」に出場し、開幕戦の4月4日、蔵前国技館では頭突きの先制攻撃で猪木から1分16秒でリングアウト勝ちを収め、坂口征二との日本プロレス崩壊にまつわる遺恨試合でリーグ戦を大いに盛り上げた大木。

外敵に廻れば、非常に面白い存在であり、またこのまま大木が新日本プロレスに継続参戦すれば馬場がいつかは自分の手に取り戻そうと考えているインターナショナル王座が新日本勢に取られてしまい、一旦、向こうに行ったが最後、二度とインターナショナルのベルトは戻ってこないと危惧した馬場が大木引き抜きを画策、猪木、坂口による「新・日本プロレス」計画に大木と共に反対派だった小鹿を使って大木獲得に動いたものでした。

後はやはり「第2回ワールド・リーグ戦」で猪木に「勝ち逃げ」をしているのも大きいポイントでした。10月3日、六本木の全日本プロレス事務所で馬場vs大木戦は10月30日、現在行われている「ジャイアント・シリーズ」最終戦の蔵前国技館でノンタイトルの時間無制限1本勝負で行われ、レフェリーはジョー樋口と発表されました。

馬場戦が決まった大木は、10月に入って前年の猪木戦同様「韓国のハワイ」済州島で打倒・馬場に向けての特訓を開始。

10月18日にはソウル市10月15日に落成した韓国プロレス界の殿堂で韓国の英雄である金一を記念して建設された文化体育館のこけら落とし大会を開催しています。観衆は3,000人(満員)

73年6月の着工から2年半の歳月を経て完成した立坪3,080坪、地上6階、地下1階からなる近代的な建物で所有権の70%が「財団法人 金一後援会」とのこと。

新日本プロレスの「第2回ワールド・リーグ戦」以来5かぶりの試合を行い、ミラノとインターナショナル王座防衛戦を行っています。

60分3本勝負で1本目は11分23秒、大木がキーロックでギブアップ勝ち、2本目は1分25秒、ミラノがジャンピング・パイルドライバーから体固め、決勝の3本目は2分23秒、ヘッドバット4連発から大木が体固めを決めて2−1で大木がタイトル防衛を果たしています。

大木は「苦しい試合だったが、一つも息切れしなかったので、スタミナは大丈夫。新日本プロレスのワールドリーグ戦に参加して以来実戦から遠ざかっていたので少しスタミナの点が気がかりだった。これなら十分いけるし、頭突きを主体に一気に勝負したい。時間無制限1本勝負なら馬場よりも俺の方が有利だ。」とコメントしています。

セミファイナルは ジョージ・バーンズ&ラリー・オーディ組と姜成英(南海山)&呉大均組がタッグマッチ45分1本勝負で対戦、10分30秒、バーンズが姜を体固め。

アメリカ遠征中のキム・ドク(戸口正徳)も師匠である大木を記念した体育館のこけら落とし記念興行に駆けつけ、エル・ダーレットを9分20秒、体固めで破りました。

【正解解説】75年9月29日午後3時から全日本プロレスは東京・銀座東急ホテルで記者会見を行い、馬場代表が「全日本プロレス・オープン選手権大会」の開催についての声明文を読み上げ、日本の他団体にも参戦を呼び掛けました。以下75年10月1日付(9月30日発行)の「東京スポーツ」より引用。

「全日本プロレス・オープン選手権大会開催に際して」 

『新しい希望に燃えて一致団結、我々が全日本プロレスを創設してからすでに満3年になりました。思い起こせば創設にあたっては我が国のプロレスの開祖である故力道山先生のご遺族から全面的協力をいただき先生ゆかりのチャンピオン・ベルトの寄贈を受けてPWFヘビー級選手権を設立、さらにその後世界最大のプロレス統轄組織NWAへの加盟、旧日本プロレス選手団との合流、世界最高峰NWA世界ヘビー級選手権の獲得など、発展の一途をたどりましたことは、ひとえに皆々様から寄せられました御支援、御指導、御鞭撻の賜物であると厚く感謝する次第です。

激動する世の中、プロレス事業もまた多事多難ではありますが、我々は、力道山先生の遺志を体しつつ日本プロレス界のリーダーとして自覚を固め、その責任の大きさを痛感して一層の努力を誓っております。

時あたかもNWA本部では、アメリカ合衆国建国200年を迎えるにあたり組織の権威発揚のため、各メンバー占有地域において記念事業を企画開催することが決定いたしました。また本12月15日は恩師力道山先生の13回忌にあたるに鑑み、その正当なる後継者として私、ジャイアント馬場は、本年こそ世界プロレス史を飾る最大の記念行事を開催するに、まさに有意義な年であると判断致しました。
 
この千載一遇の好機をとらえ、私のプロレス生涯における最初にして最大の行事「全日本プロレス・オープン選手権大会」はNWA本部主催、管轄のもと、PWF並びに全日本プロレスが主管、実施するものとし、外へはNWA有力メンバーの協力を得て各地域を代表する強力レスラーの派遣を要請し、内には、オープン選手権大会の主旨を尊重しNWAの認可を得て、その傘下団体のみならず、広く門戸を開放し、各団体から代表主力参加選手の参加を求め広く対戦する機会を提供するものであります。

申すまでもなく、このオープン選手権大会は、選び抜かれた者が正々堂々と持てる技倆で覇を競う場であります。追って私は各方面関係者にご協力を願い、本大会開催準備委員会を発足させ、大会の年内実現に向かって邁進する覚悟であります。

ファン各位、関係各方面の御協力、御支援を重ねてお願いする次第であります。

昭和50年9月29日 全日本プロレスリング株式会社  ジャイアント馬場

馬場のコメント
「この企画は私の最初にして最後の大行事。皆さんの協力なしでは実現できない話だから、各界からのバックアップをお願いしているわけです。新日本プロレス、国際プロレスに対しては、この発表によって参加を呼び掛けたものと受け取ってください。」

アントニオ猪木・新日本プロレス社長のコメント
「プランニングとしては賛成だ。筋としては私が前から言っていた事で異論はない。しかしこの発表の限りでは具体的なものが何もないので、今のところ趣旨には賛同としか言いようがない。具体的な話があれば、参加するという方向で検討してもいい」

吉原功・国際プロレス社長のコメント
「思い切ったプランニングで、趣旨は大変結構な事だと思う。ウチはこうしたプランには以前から進めてきた話だし、反対する理由は何一つない。ただ具体的なものがないのだから、ウチの選手が参加するかどうかは即答できない」

10月3日全日本プロレスは六本木の事務所で記者会見を行い、オープン選手権大会開催準備委員を発表。あわせて準備委員会の事務局を全日本プロレス事務所に置く事も発表された。オープン選手権大会開催準備委員メンバーは、長谷川淳三(芳の里、NWA委員)、八田一朗(日本アマレス協会会長)、高橋典義(東京スポーツ新聞社事業局長)、田鶴浜弘(プロレス評論家)、百田義浩(百田家ならびに全日本プロレス代表)オープン選手権大会開催準備事務局長、米沢良蔵(全日本プロレス渉外部長)

10月12日、参加第1号としてヒロ・マツダの参加が決定。また、NWA本部は準備委員会へ「NWA世界ヘビー級チャンピオンのジャック・ブリスコ、元チャンピオンのドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイスの3人のうち1人以上を派遣する」と通達しています。

10月13日、港区・南青山の事務所で猪木vsビル・ロビンソンのNWF世界ヘビー級選手権試合の開催を12月11日、蔵前国技館で行うことを発表した新日本プロレスの猪木は「直接の参加要請が無い事と全日本のシリーズに自分の会社のスケジュールを犠牲にしてまで出るつもりはない。」という事で、オープン選手権大会への不参加を表明しています。

10月17日、オープン選手権大会開催準備委員会事務は、大会参加資格を発表。�‘�本人選手は、各団体の主力代表選手��国外在住選手はA)当該選手が契約中のプロモーター、またはNWA本部の推薦を必要とする。B)当該選手が契約中のテリトリー及び、その他のテリトリーにおいて最近1か月以上にわたって現役活動を続けていること。C)最近1年間のうちにNWAが認める各テリトリー認定チャンピオンベルトを保持した者、及びそれに準じるもの。

以上、各項の条件を満たす選手で、参加希望のある者はNWA本部(アマリロ・オフィス代行)で参加申し込みを受け付けNWA、PWF、大会開催準備委員会で審査の上決定する。  

流さんのいう10月18日は記者会見のあった日ではなく、会見のニュースが掲載された東スポの発行日。その内容も「参加選手の発表」ではなく、その前段階の「参加選手の資格条件」の発表でした。

本稿のネタの引用元である75年10月19日付(18日発行)の東スポの見出しには「ブリスコ、レイス、ジュニアが勢揃い」とあり、NWA世界ヘビー級チャンピオンのジャック・ブリスコ、元チャンピオンのドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイスの3人のうち1人以上を派遣する」時点での情報に過ぎません。

NWA世界ヘビー級王者ブリスコの参加は難しく、大会を煽るダミーとして出されたのでしょう。ドリーとレイスは来た訳ですから「3人のうち1人以上」は嘘ではなかった訳で、ドリー、レイスが揃って来てくれたから良かった、という印象操作の為にブリスコの名を使ったと考えます。

本連載(26)、6月28日発売号の試合の日付のミスもそうですが、週プロ編集部にこのあたりの間違いを修正出来る編集者がいないのは日本唯一の専門週刊誌としてはいささかお粗末な話ですね。

※対戦成績は311戦55勝256敗、勝率177。
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