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2024年02月07日18:18

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週プロ流智美あの日あの時予想2023年総括(30)

第299戦、7月26日発売号●【予想】国際プロレスの道場兼合宿所にタクシーが突っ込み全焼(80年大宮市)【正解】IWGPの行方を左右した“ドイツの墓堀人”が新日本初登場、ローラン・ボックが来日前に怪気炎(81年7月25日)

【参考】26歳のテリー・ファンクが初来日を果たす!(70年羽田東京国際空港)

【予想解説】80年7月26日午前0時過ぎ、埼玉県大宮市(現さいたま市大宮区)北袋にあった国際プロレスの道場・合宿所が全焼するという惨事が起きています。

産業道路を大宮から川口方面に向かって走っていたS交通O運転手(59)運転のタクシーが運転を誤り、ガードレールの切れ目をすり抜けてレスラー輸送用大型バスの駐車場となっている空地側から合宿所に激突。

合宿所の外側に立ててあった50kg入りプロパンガスボンベ2本がタクシー内のプロパンガスに引火・爆発して、一瞬のうちに合宿所と隣接していた合宿所の管理人・国際プロレス資材部課長浜崎求氏居住の社宅が全焼してしまいました。

この事故で運転していたO運転手は顔面に裂傷、右腕に火傷を負い、乗客の飲食店経営者(34)は右腕骨折の重傷を負ったが、浜崎課長の家族5人は飛び出して無事。

国際プロレスの選手達は「ビッグ・サマー・シリーズ」最終戦が7月25日、札幌中島体育センターでマイティ井上&アニマル浜口組がジプシー・ジョー&ロッキー・ブリュワー組を金網デスマッチで破りIWA世界タッグ王座を初防衛しており、事故のあった時間は北海道にいました。

右足首骨折で巡業に参加していなかった残り番の新人、冬木弘道は治療の為横浜市の実家に帰っており、合宿所は無人でした。

死者が出なかったのが不幸中の幸いでしたが、この事故は一般新聞でも報道されました。

【正解解説】78年4月20日、新宿・京王プラザホテルで翌21日、蔵前国技館で開幕する「MSGシリーズ」開幕戦前夜祭のレセプションが行われていますが、席上、西ドイツのWWU世界ヘビー級王者、プロモーター兼エースレスラーであるローラン・ボックが突如来日してレセプションの席上に姿を現し、「11月に予定されているツアー『欧州世界選手権シリーズ』に猪木を招聘したい」とオファーしています。

11月26日、西ドイツ・シュツットガルト・ギルスベルクホールで「欧州世界選手権シリーズ」の決勝戦が行われ、猪木はボックと4分10ラウンド闘いました。この試合はテレビ朝日が現地収録し、古館伊知郎アナウンサーが現地実況、12月28日の「ワールドプロレスリング」で放送されました。

試合は終始、ボックが猪木を懐に入れず、投げてはディフェンス、といった具合で猪木にいいところを見せず、10ラウンドが終了、猪木は判定負けを喫しています。

本稿では、「欧州世界選手権シリーズ」には触れず、スタン・ハンセンのトークショーの司会を務めた時に観客から「ボックについてどう思うか?」という質問が出た時にハンセンは「アントン・ヘーシンクのようだった」と回答していた件から本文がスタート。

ハンセンとボックはハンセンが全日本プロレスに移籍する直前の81年12月8日、新日本プロレスの蔵前国技館で1度だけタッグを結成しており、猪木&藤波辰巳組と対戦、12分39秒、ボックがダブルアーム・スープレックスからの体固めで藤波からフォールを奪っていますが、ヘーシンク(ハンセンが初来日した75年全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ」で何度か対戦)を引き合いに出したということは、「強いけど、カタい」プロのレスラーとしてはあまりいい評価をしてないと思います。

ボックは「欧州世界選手権シリーズ」のあった翌年の79年「サマー・ファイト・シリーズ」に初来日が予定されていましたが、直前になり西ドイツ、シュツットガルト郊外のフリーウェイで交通事故に遭い来日中止に。

また同年12月には西ドイツにアンドレ・ザ・ジャイアントを呼んで対戦した時にシュートマッチを仕掛け、アンドレをジャーマン・スープレックスで強引に投げたところ、足が血栓症になってしまい、以後はコンディションを崩してしまいました。

初来日は81年7月の「サマー・ファイト・シリーズ」終盤戦特別参加で、7月31日、大阪・高石市臨海スポーツセンターでの来日第1戦では木村健吾を子供扱いし、ジャーマンで投げ捨て、トドメはダブルアーム・スープレックス、僅か1分35秒、体固めでフォール勝ち、強烈なインパクトを与えています。

前述のハンセンと組んだ試合は2度目の来日で、この時もタイガー戸口、ラッシャー木村からダブルアーム・スープレックスでフォール勝ちしています。

3度目の来日となった82年の1月1日の元日、後楽園ホールで3年ぶりの猪木戦が実現しましたが、(試合は5分10ラウンド)血栓症を患った足にアリキックを入れられて動きが止まり、苦し紛れにロープ越しに猪木の首を絞めて、立会人のカール・ゴッチの静止も無視して絞め続け3ラウンド3分16秒、ボックの反則負けが取られています。

ボックは次の「第5回MSGシリーズ」に特別参加すると発表されましたが、体調不良を理由にキャンセル。元日の猪木戦がボックのプロレスラーとしての最後の試合となりました。

本稿では81年7月25日付(24日発行)の「東京スポーツ」に初来日を目前に控えたボックを取材しており、合っていたのは東スポの日付だけだったという、何ともはや、という感じでした。

※対戦成績は299戦52勝247敗、勝率174。
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