79年全日本プロレス「サマー・アクション・シリーズ」中で唯一、同一会場で新日本プロレスとの興行戦争となったのが7月15日、品川プリンスホテル・ゴールドホール(テレビ収録、観衆7,800人超満員発表)大会。私はこちらの興行も会場で生観戦しています。
メインイベントはこの時点での全日本プロレスの切り札カード、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスとアブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シーク組の地上最凶コンビの激突。
77年12月2日、後楽園ホールで開幕した「世界オープン・タッグ選手権」開幕戦のメインイベントで馬場&鶴田組と公式戦で対戦したブッチャー&シーク組、試合はブッチャーが馬場にジャンピング・エルボードロップからの体固めでフォール勝ち。試合後も攻撃をやめないブッチャー&シーク組。そこヘ救援に入ったのがテリーでした。
しかし、ブッチャー&シーク組の前に返り討ちに遭ってしまいました。凶器で額を切り裂かれて流血、さらにロープサイドで首を絞められて失神。この姿がテレビ画面で大映しとなった時、オープン・タッグ選手権の大成功は約束されたようなモノでした。テリーのピンチを見かねたドリーがさらに救援に入り、ここにファンクスとブッチャー&シーク組の因縁の血の抗争が勃発しています。
シリーズ最終戦、12月15日、蔵前国技館でのメインイベント最終公式戦、得点12点のファンクスとブッチャー&シーク組の激突。勝った方が優勝、両チームリングアウトならセミファイナルで大木金太郎&キム・ドク組を破って13点となった馬場&鶴田組の優勝、時間切れ引き分けなら3チームが13点で並び、改めて優勝決定戦というシチュエーション。
試合はブッチャーがテリーの左上腕部をフォークで突き刺すという残虐な攻撃を見せ、テリーは上腕からおびただしい流血。ブッチャーとシークの凶器攻撃で右腕から流血したテリーはドリーにタッチし場外へ。代わったドリーは孤軍奮闘、
ドリーが2人がかりで攻撃されているところへリング下でバンテージを巻いて応急手当てをしたテリーが助けに入りパンチ攻撃。そこから乱闘となりテリーとブッチャー、ドリーとシークの乱闘となりましたが、シークがまた凶器を取り出しドリーを攻撃。制止するレフェリーへも凶器攻撃を加えた為、14分40秒、ドリーがシークに反則勝ちとなり、ファンクスが最多14点で優勝しました。
優勝セレモニーで涙で瞳を潤ませるテリーに12,000人超満員の大観衆は感動させられ、テリーは日本でベビーフェイスのスーパースターとして不動の人気を築き上げています。このセレモニーで初めてエンディングでファンクスのテーマ「スピニング・トーホールド」が流されました。
2度目の両チームの対戦は翌78年12月9日、世界オープン・タッグ選手権の後継シリーズとなる「世界最強タッグ決定リーグ戦」の蔵前国技館。この時は最終戦ではなく(最終戦は12月15日、札幌中島スポーツセンター)、後半戦のヤマ場で公式戦が組まれています。
ブッチャーがテリーにベアハッグ。そこへドリーと場外乱闘を繰り広げていたシークが先にリングにカムバックしテリーを攻撃。
怒ったドリーが本部席のゴングを持ち出してリングへ。制止するジョー樋口レフェリーをゴングで殴り倒し、ブッチャーとシークへもゴングで攻撃。さらにシークが落とした針金状の凶器でシークの左手を刺しまくる暴走ぶり。サブレフェリーの和田京平が飛び込み制止するが、ドリーは和田レフェリーを突き飛ばし、止めに入ったセコンド陣にも暴行を加えるなど大暴れし12分29秒、ドリーがシークに反則負けという結果となりました。
左手に裂傷を負ったシークは治療の為帰国、ブッチャーのパートナーにはキラー・トーア・カマタが指名され、12月11日、福島市体育館からブッチャー&カマタ組がそのまま星を引き継いで残りの公式戦を闘うことになりましたが、蔵前大会が9日。僅か1日のオフを経て11日にはカマタが来日。あまりの手回しの良さからして、シークは最初から蔵前大会までの契約だったと考えられます。
1勝1敗で迎えた3度目の対戦は60分3本勝負。過去の2戦はいずれも公式戦45分1本勝負であり、3本勝負というだけで夢が広がっていく気がしました。
1本目は8分23秒、ドリーがシークの凶器を奪い凶器攻撃のお返しからドロップキックを決め、ドリーがシークを片エビ固め。
2本目は4分27秒、テリーがシークにタックルにきたところをショルダースルーで投げて場外へ。場外でブッチャーと2人がかりで攻撃しリングへ。テリーはダウンしたままリングへ戻れず。ブッチャー&シーク組のリングアウト勝ち。
決勝の3本目は、ドリーがブッチャーにブレーンバスターを2連発。そこへシークがカットに入り、手に巻いていたバンテージでドリーを首絞め。テリーもドリーの救援に入り、4選手入り乱れてリング内で乱闘となり収拾つかず5分33秒、ノーコンテストが宣告され、決着つかずに終わりました。
8月2日の新日本プロレスの品川大会は5,000人発表で、7,800人超満員発表の全日本プロレスの勝利。切り札の黄金カードを持ってきた全日本プロレスが一矢報いた感じです。私は両方行きましたが、椅子はセットバックで固定椅子でなく、椅子の数と立見の人数で全日本プロレスが勝ったのは間違いのないところだと思います。
7月18日、石川県金沢市卯辰山相撲場(テレビ収録、観衆5,000人超満員発表)大会では因縁のテリーvsブッチャーのシングルマッチ60分1本勝負で対戦。テリーがブッチャーへスピニング・トーホールド。ブッチャーはフォークを取り出し、下からテリーの右ヒザへ突き刺し、なおも倒れたテリーの右ヒザへフォーク攻撃。制止するレフェリーを突き飛ばし攻撃を続けテリーの反則勝ち。テリーは金沢大会を最後に帰国しています。
7月24日、茨城県水戸市民体育館(観衆3,800人満員発表)大会で今シリーズ唯一のタイトルマッチ、馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座にブッチャー&大木金太郎組が挑戦し、1−1から両チームリングアウトの引き分けで馬場&鶴田組が8度目の防衛を果たしました。
今シリーズより全日本プロレスの一員となった戸口正徳のリングネームがファン投票により「タイガー戸口」に決定しています。
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