79年新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」第4戦は7月4日、富山県高岡市民体育館(観衆3,700人満員発表)大会。メインイベントは猪木&藤波辰巳&星野勘太郎組がウィリエム・ルスカ&マサ齋藤&トニー・ロコ組と対戦した6人タッグマッチ。
1本目は14分40秒、両チームリングアウトとなり1−1。決勝の2本目は4分39秒、猪木がロコを体固めで破り2−1で猪木&藤波&星野組が快勝しています。
セミファイナルは7月17日、釧路市厚生年金体育館でNWF北米ヘビー級王座を賭けて対戦する坂口征二とクレイジー・レロイ・ブラウンが前哨戦としてシングルマッチ45分1本勝負で初対決。6分18秒、坂口の反則勝ちとなりました。
セミ前は長州力とジョージ・スチールのシングルマッチ30分1本勝負で5分16秒、首固めで長州のフォール勝ち。
北米タッグ王座挑戦を控えるストロング小林&木村健吾組がタッグを結成し木戸修&永源遙組と対戦、17分31秒、S小林が永源を体固めでフォールしてS小林&木村健組の勝利。
ウルトラマンは藤原喜明とシングルマッチで対戦し8分53秒、回転エビ固めでフォール勝ちしています。
7月6日付(5日発行)の東京スポーツに8月26日、日本武道館で行われる「プロレス夢のオールスター戦」に関して、猪木が仲介役として一任した二階堂進日本プロレスリング・コミッショナーと、主催者である東京スポーツ新聞社、本山良太郎代表取締役、高橋典義取締役編集総長が永田町の衆議院議員会館で会談を行い、オールスター戦のメインイベントは馬場vs猪木戦は回避。
6月14日、東京プリンスホテルで行われたオールスター戦開催記者会見の席上において東スポ側から提案のあった馬場&猪木組のBI砲の結成ということに決定、対戦チームは東スポ紙上にてファン投票にて決める、という基本ラインを打ち出しました。
翌7月5日は東海地方に移動、岐阜県飛騨市体育館(観衆2,700人発表)大会。メインイベントは猪木&長州&藤原組とルスカ&M齋藤&Gスチール組と対戦。1本目は11分6秒、M齋藤が長州を体固め、2本目は4分31秒、長州がM齋藤を体固め、決勝の3本目は5分14秒、ルスカが藤原をカウンターの頸動脈絞めに決めてレフェリーストップ勝ち。2−1でルスカ&M齋藤&Gスチール組の勝利となりました。
セミファイナルは藤波とロコのシングルマッチ45分1本勝負で、12分21秒、回転エビ固めで藤波がフォール勝ちしました。
セミ前は若手の小林邦昭がLブラウンとのシングルマッチに抜擢され、2分43秒、体固めでLブラウンの完勝に終わっています。坂口は永源とのシングルマッチで8分5秒、片エビ固めで勝利。
北米タッグ王座挑戦が翌日に迫ってきたS小林&木村健組は本番前最後の調整、星野&木戸組との対戦、16分10秒、S小林が木戸を体固めで破りました。ウルトラマンはジョージ高野を10分47秒、揺り椅子固めで撃破しました。
「プロレス夢のオールスター戦」のBI砲結成の報を高岡で聞いた猪木は「馬場vs猪木戦はダメだったのか…。二階堂コミッショナーにお願いした以上主催者の東スポさんの決めたことには従う」と不満を残した口調でしたが、本当のところは馬場vs猪木戦が実現しないことはわかっていたでしょう。
7月6日、四日市市体育館(テレビ生中継、観衆5,000人超満員発表)大会。この日から「ワールドプロレスリング」のオープニングテーマ曲がモスクワオリンピック独占中継に合わせて新しくなりました。通称「モスクワ」と言われた楽曲です。
「ワールドプロレスリング」は前週の6月29日、大宮スケートセンターからの開幕戦生中継からオープニングタイトルもリニューアルされ、冒頭に74年10月10日、蔵前国技館での大木金太郎戦でヘッドバットを打たれながら、「来いっ!」とアピールする猪木のカッコいい姿と、画面が4分割される構成となりました。(四日市大会試合の模様は次回お送り致します。)
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