全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは12月1日、後楽園ホール(テレビ収録、観衆3,500人超満員発表)からこの年が第1回となる「世界最強タッグ決定リーグ戦」を開催。
前77年の同時期に開催された「世界オープン・タッグ選手権」が爆発的な人気を得て、その後継企画として行われたもので、以後現在まで45回に亘り行われている日本プロレス界のロングセラーシリーズとなりました。
参加チームは世界オープン・タッグ選手権優勝チームのドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクス、馬場&鶴田組、アブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シーク組、AWA代表、現AWA世界ヘビー級王者のニック・ボックウィンクル&ブラックジャック・ランザ組、ヨーロッパ代表ビル・ロビンソン&ワイルド・アンガス組、韓国代表大木金太郎&キム・ドク組の6チームと少数精鋭で臨みました。
所属選手を貸出していた国際プロレスの「日本リーグ争覇戦」が11月30日、千葉公園体育館で閉幕、その翌日が開幕戦であったところから、当初は国際プロレスからもチームを参加させることを想定していたと思われましたが、吉原功社長が新日本プロレスとの提携に舵を切り始めた為に話がなくなったと見るべきでしょう。
開幕戦の公式戦は馬場&鶴田組とロビンソン&アンガス組が対戦、馬場が32文ロケット砲でアンガスからフォール勝ち。
セミ前ではテリーvsブッチャー、セミでドリーvsシークという夢のシングルマッチが組まれ、翌週の蔵前国技館で公式戦で対戦するファンクスと極悪コンビがそれぞれシングルで激突、双方のセコンドが乱入する大荒れの展開となり、テリーとブッチャーは両者リングアウト、ドリーとシークは両者反則となりました。
12月5日、大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆6,800人超満員発表)大会ではファンクスとニック&ランザ組が公式戦で対戦する「NWAvsAWA」。ドリーとニックの高度なテクニックの応酬にはシビアな浪花っ子が魅了されました。最後はドリーがランザを伝家の宝刀スピニング・トーホールドでギブアップさせています。
12月9日、蔵前国技館(テレビ生中継、観衆12,500人超満員札止め発表)大会はダブルメインイベント。ダブルメイン第1試合は前年、日本中のプロレスファンを熱狂させた黄金カードの再戦、ファンクスvsブッチャー&シーク組の遺恨試合。
テリーを痛めつけられた怒りのドリーはシークが落とした凶器を取ると、シークの左手を滅多打ち。腕ではなく「手」です。レフェリーの静止を振り切ってシークを痛めつけて反則負けとなりました。
ダブルメイン第2試合は馬場&鶴田組とニック&ランザ組が対戦、鶴田がジャンプ一番、鮮やかな前方回転エビ固めでランザをフォールしています。
シークはドリーの攻撃が元で左手を負傷、途中帰国することとなり、ブッチャーのパートナーには急拠、キラー・トーア・カマタが指名され、12月11日の福島市体育館からカマタが参戦、ブッチャー&シーク組の星を引き継いでリーグ戦が行われました。
シークの途中帰国からカマタの参戦まで中1日しかなく、あまりの手回しの良さに、シークは最初から蔵前国技館大会までの契約だったと考えるのが妥当でしょう。
12月13日、秋田県立体育館(テレビ収録、観衆5,800人満員発表)では鶴田とニックの夢のシングルマッチが組まれ、30分時間切れ引き分け。試合を観ていた馬場が、「早急に鶴田をニックのAWA世界ヘビー級王座に挑戦させたい。」と鶴田のAWA世界ヘビー級王座挑戦に向けて動くことを表明しました。
シリーズ最終戦は12月15日、札幌中島スポーツセンター(テレビ収録、観衆7,000人超満員発表)大会では、まずセミファイナルでブッチャー&カマタ組とニック&ランザ組が対戦し両チームリングアウトの無得点試合となり両チームとも4点で脱落。
メインイベントの5点のファンクスvs6点の馬場&鶴田組の結果に優勝の行方がかかりました。メインは45分時間切れ引き分けとなり、7点の馬場&鶴田組が優勝、6点のファンクスが準優勝となっています。
後楽園ホールは共に開幕戦で11月17日の新日本プロレスが2,000人、12月1日の全日本プロレスが3,500人、大阪府立体育会館は先行が全日本プロレスの12月5日で6,800人、後攻が新日本プロレスの12月14日で6,000人、蔵前国技館は先行が12月9日の全日本プロレスで12,500人、後攻が新日本プロレスでちょうど1週間後の12月16日で7,000人。
日本人対決よりも豪華外国人レスラー集結が上回り、いずれも全日本プロレスが圧勝しました。
「プレ日本選手権」終了後、猪木と藤波辰巳はニューヨークに遠征、12月18日(現地時間)MSG定期戦に出場。猪木は3年ぶりにMSGで試合を行うことになりました。
この日、ビンス・マクマホンWWWF代表よりこれまでの一連の異種格闘技戦の功績を認められ、WWWF格闘技世界ヘビー級王者に認定され、ベルトを寄贈され。初防衛戦としてテキサス・レッド(レッド・バスチェン)と対戦。16分27秒、ダブルアーム・スープレックスからの体固めでフォール勝ちし初防衛に成功しています。
藤波は1月23日、同所で王座を獲得した相手であるカルロス・ホセ・エストラーダとWWWFジュニア・ヘビー級王座防衛戦を行い、10分51秒、逆さ押さえ込みでフォール勝ちし12度目の防衛を果たしました。
日本から帰国したばかりのWWWFヘビー級王者ボブ・バックランドは11月の同所でリングアウト負けを喫したピーター・メイビアと再戦し、21分51秒、両者リングアウトの引き分けとなり、またも勝てずに終わっています。
上記3試合は翌79年1月1日の元日、午後7時30分よりテレビ朝日「新春プロレススペシャル」で録画中継されています。
12月25日午後1時から東京・銀座キャピタルホテルで、東京スポーツ新聞社制定78年度の「プロレス大賞」の選考会が開催され、78年度のプロレス大賞が決定しました。
最優秀選手賞(MVP)は猪木(新日本プロレス)が3年連続4度目の受賞「MSGシリーズ」と「プレ日本選手権」優勝、保持していたNWFヘビー級王座年間6度防衛、格闘技世界一決定戦、ローラン・ボックに判定で敗れはしましたが、年間を通した活躍ぶりが評価され受賞。投票の結果は猪木15票、藤波1票
年間最高試合賞(ベストバウト)は全日本プロレス1月20日、帯広市総合体育館でのNWA世界ヘビー級選手権試合、ハーリー・レイスvs鶴田。
他には新日本プロレス4月21日、蔵前国技館でのMSGシリーズ予選トーナメント1回戦、猪木vs坂口征二、新日本プロレスでの2度の猪木vsバックランド(6月1日《WWWFヘビー級、NWFヘビー級ダブル・タイトルマッチ》、7月27日、いずれも会場は日本武道館《猪木の単独挑戦》)、全日本プロレス9月13日、愛知県体育館での鶴田vsキム・ドクのUNヘビー級選手権試合など全8試合がノミネートされ投票が行われました。
しかし、過半数を超えるものはなく投票1位のレイスvs鶴田(5票)と2位の猪木vs坂口(4票)の決選投票となり、レイスvs鶴田が9票、猪木対坂口が7票となり、過半数を超えたレイスvs鶴田戦が受賞となりました。鶴田は76年のラッシャー木村戦(3月28日蔵前国技館、試練の十番勝負第2戦)、77年のミル・マスカラス戦(8月25日田園コロシアム、UNヘビー級選手権試合)に次いで3年連続のベストバウト受賞。
最高殊勲選手賞(準MVP)は藤波辰巳(新日本プロレス)WWWFジュニア・ヘビー級王座を獲得して凱旋帰国。12度の防衛と新鮮な技とスピーディーなファイトでドラゴンブームを巻き起こし、日本プロレス界に新風を吹き込んだことが評価され初受賞。投票の結果は藤波11票、ドク3票、該当者なしが2票。
年間最高タッグチーム賞 馬場&鶴田組(全日本プロレス)。5月11日、大阪府立体育会館で大木金太郎&ドク組からインターナショナル・タッグ王座奪回してから年間6度の防衛と世界最強タッグリーグ戦優勝が評価され受賞。投票の結果は馬場&鶴田組が14票、該当チームなし2票。
殊勲賞はR木村(国際プロレス)。IWA世界ヘビー級王座年間8度防衛と日本リーグ争覇戦優勝が評価され受賞。投票の結果は木村13票、その他3票。
敢闘賞はキム・ドク(フリー)9月13日、愛知県体育館での鶴田とのUNヘビー級選手権試合の試合内容が高く評価され、ラフファイトだけはでなく正統派としての実力をプロレスファンに広く認知させ受賞。次点が4月21日、蔵前国技館での猪木戦の試合内容が評価された坂口が5票。
技能賞は該当者なし。第1回投票で藤波が過半数を超えたものの、すでに最高殊勲選手賞を受賞しているので無効となり、再投票の結果該当者なし。投票の結果・該当者なしが8票、長州力が5票
大衆賞はアブドーラ・ザ・ブッチャーと上田馬之助の2人が受賞。投票の結果は上田が5票、ブッチャー3票、ミル・マスカラス、ザ・ファンクスが2票
と割れましたが、協議の結果、全日本プロレスと新日本プロレスでのヒール人気が評価されブッチャーと上田が受賞。
3団体から1名ずつ選出される努力賞は新日本プロレスからは小林邦昭、全日本プロレスからは園田一治、国際プロレスからはスネーク奄美が受賞。
さらにフリーでデビューして1年の石川隆士(孝志)が国際プロレス「日本リーグ争覇戦」でのアニマル浜口戦、R木村戦などの試合内容が評価されて受賞。石川は日本リーグ争覇戦が11月30日に閉幕すると、翌12月1日からは後楽園ホールで開幕の全日本プロレス「世界最強タッグ決定リーグ戦」からフリー参戦した後、79年3月の「第7回チャンピオン・カーニバル」から正式に全日本プロレスの所属となっています。
最高功労賞として吉原功・国際プロレス社長がプロレス生活25年の功績を称えられてされ受賞しています。
プロレス大賞選考委員は委員長・高橋典義(東京スポーツ編集担当取締役編集総長)、田鶴浜弘(評論家)、小島貞二(評論家)、小池幸雄(フクニチスポーツ)、松下正雄(新大阪新聞社・週刊ファイト)、山浦力(レジャーニュース)、大加戸康一(デイリースポーツ)、竹内宏介(ゴング)、野崎誓司(ベースボールマガジン社、デラックスプロレス編集長)、主催の東京スポーツからは山田隆(日本テレビプロレス中継解説者)、桜井康雄(テレビ朝日プロレス中継解説者)、門馬忠雄(東京12チャンネルプロレス中継解説者)長田(おさだ)基、永島勝司、川野辺修、加藤知則の16人。
ストロング小林は受賞はおろか、ノミネートさえされず。WWWF地区へ遠征、坂口と組んでの北米タッグ王座は年間6回防衛していますが、藤波や長州に白星を献上してしまい、損な役回りでした。
ログインしてコメントを確認・投稿する