78年新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」終了後、藤波辰巳はシリーズオフに海外遠征に出発、アメリカ、メキシコでWWWFジュニア・ヘビー級王座防衛戦の行脚を敢行しました。
8月4日、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでは、先シリーズ来日していたチャボ・ゲレロの実弟、ゲレロ3兄弟(この時点で末弟のエディはまだ10歳)の次男、アーマンド・ゲレロの挑戦を受けました。一般的にはマンド・ゲレロという記載の文献が統一されたようですが、私の書くモノについては当時の新日本プロレスからのリリースに基づき「アーマンド」表記にしています。
試合は60分1本勝負、24分32秒、ジャーマン・スープレックス・ホールドで藤波が8度目のタイトル防衛に成功。20分超の試合だと藤波が苦戦したかに思われるかも知れないですが、藤波が試合を引っ張った感じで、アーマンドの力量はチャボと比べるとまだまだでした。
8月13日には、海外修行中に「リング・フヒナミ」のリングネームでメインイベンターとして活躍していたメキシコUWAの興行に出場、パラシオ・デ・ロス・デポルテスで、メキシコの鉄人、偉大なるスペル・エストレージャであるレイ・メンドーサの挑戦を受けました。パラシオは35,900人超満員発表の大観衆で埋め尽くされました。
藤波のセコンドには先の「サマー・ファイト・シリーズ」に来日したハン・リーが付いています。試合はメキシコでの慣例により時間無制限3本勝負。1本目は8分5秒、藤波が逆さ押さえ込み(公式決まり手はエビ固め)で先制、2本目は4分30秒、メンドーサがジャベの一種であるエル・ヌド(和名は結び目固め、公式決まり手は足固め)でギブアップさせました。
決勝の3本目は5分25秒、藤波が回転足折り固め(ジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド)でフォール勝ち。2−1で藤波がメキシコのレジェンド、メンドーサを降し、9度目の防衛を果たしました。
新日本プロレスは約1か月という長いオフを経て、8月25日、新潟県長岡市厚生会館(現アオーレ長岡)から「ゴールデン・ファイト・シリーズ」が開幕。
タイガー・ジェット・シン、ジンバ・カーン、ピート・ロバーツ、ジョニー・マンテル、ジョー・ロッシーの外国人レスラーが参加、上田馬之助が外国人ヒールサイドとして参加。
「MSGシリーズ」、「サマー・ファイト・シリーズ」とWWWFのギャラの高そうな大物を連続で呼んだ反動か今シリーズはWWWFからブッキングされたレスラーはおらず、従前の新日本プロレスの外国人メンバーに戻った感じです。
シンは1〜2月の「新春黄金シリーズ」以来半年ぶりの来日、前回は1月27日、愛知県体育館と2月2日、札幌中島スポーツセンター初日の2回、坂口征二&ストロング小林組の北米タッグ王座に挑戦するも王座を奪えず、2月3日、札幌中島スポーツセンター2日目では猪木のNWFヘビー級王座に挑戦、21分13秒、リングアウト負けと不本意な結果に終わっています。
前回の来日では、1月31日、大阪府立体育会館での猪木とのノンタイトルの前哨戦では、回転エビ固めの前に不覚にもフォールを奪われていますが、本番のタイトルマッチではリングアウト負けであり、フォールは奪われておらず、決着は付いていません。
猪木との決着を付けるべく、NWFヘビー級王座への挑戦に狙いを定めての来日、北米タッグ王座に関しては上田とのコンビで、と書きたかったところですが、来日前からシンは上田に対して不信感を抱く出来事があり、パートナーとして初来日の「シリアの砂嵐」Zカーンを帯同してきています。(この項続く)
ログインしてコメントを確認・投稿する