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2023年04月21日22:02

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週プロ流智美あの日あの時予想2022年総括(52)

第269戦、12月28日発売号●【予想】元日の地上波ゴールデンタイムにMSGの試合が流されていた贅沢な時代。NWFヘビー級選手権試合、猪木vsボビー・ダンカン、WWFヘビー級選手権試合、ボブ・バックランドvsキラー・カーン、同ジュニア・ヘビー級選手権試合、藤波辰巳vsドン・ダイヤモンド、坂口征二vsサモアンズ2号、谷津嘉章デビュー戦、vsカルロス・ホセ・エストラーダ(80年12月29日MSG)【正解】「レスラー生活最高の年末」に猪木が抱いていた野望、猪木がブラジル遠征から帰国(74年12月27日)【参考】2011年12月28日発売号は年末年始編成の為休載、2016年12月28日発売号は予想に同じ。

プロレスがオールシーズン、元日興行から大晦日の年越しプロレスまでオフなしになったのは平成のインディー団体が乱立する多団体時代になってから。昭和時代、年末は最終シリーズが終わった後は海外遠征などを行い、帰国後は新春シリーズまでオフに入るのが通例でした。

【予想解説】猪木ら新日本プロレス勢が出場した年末のMSG定期戦は12月28日ジャストが84年にあり、猪木はデビット・シュルツを6分28秒、体固めで破り、ダイナマイト・キッドの全日本プロレス移籍で空位となっていたWWFジュニア・ヘビー級王座決定戦が行われ、ザ・コブラがブラック・タイガーを破り王座獲得している興行がありますが、昭和でも58年、西暦で83年以降になると流さんの文章のテンションがガクッと落ちるので6年前は別としても今は書かないだろうと思い、既出ネタにしました。

79〜81年の3年間、元日のテレビ朝日の夜のゴールデンタイムは「ワールドプロレスリング」とは別建てでニューヨークMSGからの中継による「新春プロレススペシャル」が放送されました。

79年の元日は月曜日で午後7時30分〜9時までの90分枠、前78年12月18日、MSGの定期戦から猪木vsテキサス・レッド(レッド・バスチェン)のWWWF格闘技世界ヘビー級選手権試合(16分27秒、猪木がダブルアーム・スープレックスからの体固めで初防衛)、バックランドvsピーター・メイビアのWWWFヘビー級選手権試合(21分51秒、両者リングアウト)、藤波vsエストラーダのWWFジュニア・ヘビー級選手権試合(10分51秒、逆さ押さえ込みで藤波が12度目の防衛)の3試合を放送。

テレ朝が放送を熱望していたハーリー・レイスvsトニー・ガレアのNWA世界ヘビー級選手権(8分57秒、レイスが体固めでフォール勝ち)はビンス・マクマホン・シニアが収録を応諾せず。

80年の元日は火曜日、この年は前年より30分拡大され午後7時〜9時までの120枠放送。この年は79年12月17日のMSG定期戦を放送。新日本プロレスの4人のチャンピオンが揃い踏みしました。猪木vsアイアン・シークのNWFヘビー級選手権試合(14分59秒、延髄蹴りからの体固めで27度目の防衛)、藤波vsジョニー・リベラ(77年2月に全日本プロレスに来日)のWWFジュニア・ヘビー級選手権試合(10分17秒、ジャーマン・スープレックスホールドで藤波が4度目の防衛)

北米タッグ王者チームの坂口征二&長州力組がMSG初登場、アレン・コージ(バッドニュース・アレン)&ジョジョ・アンドリュース(78年に国際プロレスにザ・カサバブのリングネームで2度来日)組と防衛戦を行い、9分44秒、坂口がアンドリュースをアトミックドロップからの体固めで破り5度目の防衛。

他、猪木の王座返上で空位になったWWFヘビー級王座決定戦、バックランドvsダンカン(17分18秒、回転エビ固めでバックランドが勝ち王座返り咲き)、前年放送出来なかったレイスのNWA世界ヘビー級王座にダスティ・ローデスが挑戦した試合(13分21秒、レフェリーストップでレイスの勝ち)を放送。

全日本プロレスを主戦場にしていたレイスがテレ朝の画面に登場したことで馬場が新日本プロレスとテレ朝に対し苦言を呈しています。

81年は80年が閏年だった為元日は木曜日となり、午後7時30分からの90分枠に戻り、80年12月29日のMSG定期戦の模様を放送。

猪木は前年バックランドと闘ったダンカンとNWFヘビー級王座防衛戦を行い、12分47秒、バックドロップからの体固めで快勝、7度目の防衛を果たしました。ダンカンは次期81年の「新春黄金シリーズ」で新日本プロレスに初参戦します。

78年にメキシコに武者修行に出て、モンゴリアン・ギミックの「テムヒン・エル・モンゴル」に変身した小沢正志はアメリカ入りし「キラー・カーン」に改名、ジョージア、フロリダ地区で大暴れしていましたが、この時期にWWF入り。

新日本プロレスの後押しもありましたが、MSG初登場でいきなりバックランドのWWFヘビー級王座に挑戦するビッグチャンスに恵まれています。試合はKカーンはやや硬くなっていたか、12分23秒、バックランドがジャーマン・スープレックスホールドでフォール勝ちを収めてタイトル防衛に成功しました。

藤波は未来日のダイヤモンドとWWFジュニア・ヘビー級王座防衛戦を行いました。両者はこの年の4月16日にもフロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンターでNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座を賭けて対戦、18分17秒、ジャーマン・スープレックスホールドで藤波が初防衛を果たしています。(7月に負傷の為返上)

WWF地区はジュニア・ヘビー級の人材が不足しており、フロリダのダイヤモンドが呼ばれて来たのかと思われます。試合は10分28秒、藤波が4月と同じジャーマンでダイヤモンドを降し、18度目の防衛に成功しています。

坂口とサモアンズ2号(シカ・アノアイ)のシングルマッチは当初、坂口の保持するWWF北米ヘビー級王座に、サモアンズ2号が挑戦すると発表されていましたが、ノンタイトルに変更になりました。

テレビ中継では「この大会はタイトルマッチが多過ぎる為、タイトル戦の乱発を防ぎ、権威を落とさないようにノンタイトル戦になった」とアナウンスがありましたが、実際はWWF北米ヘビー級王座はアメリカではインターコンチネンタル王座に統一されて存在していないことになっており、初めからタイトル戦は無理な話でした。試合はスタートから乱戦となり、5分24秒にノーコンテストに終わっています。

80年10月23日、新日本プロレスに入団した76年モントリオール五輪アマレス日本代表、80年モスクワ五輪幻の日本代表、谷津は下積みを経験することなくWWFに武者修行に出され、パット・パターソンのコーチを受けてこの日MSGでデビュー。新日本プロレスとしては破格の扱いで、相手は元WWWFジュニア・ヘビー級王者のエストラーダ。8分47秒、ワンダースープレックスからの体固めでデビュー戦を白星で飾りました。

MSGからの中継のみによる「新春プロレススペシャル」は81年で一旦区切り、82〜86年までは国内の試合、国内と海外の二元中継などで継続されていました。

【正解解説】74年は猪木にとってはプロレスラー生活最高の1年であったと言えます。「猪木の全盛期はいつか?」という話題はこれまで猪木ファンの間でも議論が交わされて来ていますが、「74年」という意見が多数ではないでしょうか。また異論を挟む人は少ないと思います。

74年の猪木はアンドレ・ザ・ジャイアントとの初対決、ストロング小林との死闘、ワールド・リーグ戦での坂口征二との同門対決と優勝、タイガー・ジェット・シンとの腕折り事件、カール・ゴッチとの実力世界一決定戦、北米タッグ王座獲得、大木金太郎との喧嘩マッチ、ザ・シークとの1度だけの対戦、S小林との再戦、第2の故郷ブラジル遠征と充実した1年を送りました。

流さんの引用元となったソースは12月28日付(27日発行)の「東京スポーツ」1面で猪木番であった桜井康雄(NET解説者)がブラジル遠征から帰国した猪木を直撃取材、翌75年の抱負を聞いています。

猪木はブラジル遠征においてプロレスを通じて日伯親善に貢献したとブラジル政府から「グラン・クルス・オフィシャル」勲章を受賞、サンパウロ在住のルバング島から帰還した元日本兵の小野田寛郎氏と対談、親交を深めての帰国。

「来年はブラジルだけでなく、実は韓国、東南アジア諸国、そして英国、MSGのビンス・マクマホン(シニア)からも正式に招待が来ている。私はNWA世界チャンピオンのジャック・ブリスコに絶対負けないという自信を持っている。それを立証する為に来年はNWAに加盟したい。日本統一も必ずやります。テレビの視聴率ももっとアップするように努力しますよ。」

75年には3月に韓国遠征、8月には3度目の申請でNWA加盟、12月にMSG初登場が実現。勿論叶わなかったものもいくつかありますが、ブラジル再遠征は76年8月に行われています。

※対戦戦績は269戦48勝221敗、勝率178。年間対戦成績は52戦8勝44敗、勝率154。
         (この項完)
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