第234戦、4月27日発売号●【予想】元NWA世界ヘビー級王者、ジャック・ブリスコ新日本プロレスに初参戦、第2回MSGシリーズ開幕戦(79年新日本プロレス横浜文化体育館)【正解】日本全国でショック死が続出、社会問題化した6人タッグ、力道山&豊登&グレート東郷組vsルー・テーズ&フレッド・ブラッシー&マイク・シャープ組(62年日本プロレス神戸市王子体育館)【参考】2016年4月27日発売号は正解に同じ。
【予想】新日本プロレスの来日外国人レスラーの潮目が変わった、といえるのは79年ではないでしょうか?旗揚げ当初はカール・ゴッチによるヨーロッパとゴッチがWWWFにいた時の個人一本釣り、73年4月にNETの放送がついてからは遠藤幸吉が新日本プロレスの「ワールドプロレスリング」の解説をすることを条件に、日本プロレスと親密関係にあったロサンゼルスのマイク・ラーベルを繋ぎました。
カナダ・モントリオールのジョニー・ルージョー、ジョニー・パワーズのNWFルートに加え、74年からはニューヨークのWWWFが加わり、徐々に強固なパイプになっていきますが、それでも豪華外国人メンバーを揃える全日本プロレスと比べると物量攻勢では敵わなかったです。
特にNWA系の大物外国人はまず新日本プロレスに来日することはなかったのですが、その均衡が破れたのが79年の「第2回MSGシリーズ」。前半戦に第48、50代NWA世界ヘビー級王者、ジャック・ブリスコが特別参加(公式戦出場はなし)。
前78年、国際プロレスを離れフリーとなった剛竜馬が新日本プロレスのWWWFジュニア・ヘビー級王者、藤波辰巳に挑戦を表明した時に身柄を預けたのが在米フリーのヒロ・マツダ。マツダはそれまで全日本プロレス寄りでしたが、この時期に日本でのビジネスパートナーを新日本プロレスに鞍替え、11月の「プレ日本選手権」ではフリーのヒールユニット「狼軍団」の首領として試合にも参戦しています。
エディ・グラハム主宰の「チャンピオンシップ・レスリング・フロリダ」(CWF)の共同オーナーであるマツダのブッキングによりはブリスコの新日本プロレス参戦が実現。
「第2回MSGシリーズ」は他にアンドレ・ザ・ジャイアント(決勝リーグ戦より出場)スタン・ハンセン、チャボ・ゲレロ、カネック、トニー・ガレア、ラリー・ズビスコ、ピーター・メイビア、ビクター・リベラが公式戦参加、他に中盤1週間にエル・ソリタリオが特別参加。
ブリスコは開幕戦ではセミファイナルで藤波と45分1本勝負で対戦、攻め込まれながらも11分42秒、後方回転エビ固めで逆転フォール勝ちしています。
セミ前に行われたハンセンと上田馬之助の公式戦、予選トーナメント1回戦(30分1本勝負)は「上田がやられっ放しの状況にありながら、最後は反則負けで逃げるだろう」という大方の予想を覆し7分7秒、ハンセンのウェスタン・ラリアットが見事にヒットし体固めでハンセンのフォール勝ち。観客をスカッとした気分にさせました。
メインイベントは猪木&長州力組がマサ齋藤&リベラ組を2−1破っています。
この年の10月、「闘魂シリーズ」にこの年の8月に5日間の短期ながらNWA世界ヘビー級王者となったダスティ・ローデスが新日本プロレスに初参戦、新日本プロレスの外国人メンバーも全日本プロレスに優るとも劣らないようになっていきました。
【正解解説】日本のプロレス史のみならず、一般の事件としてもテレビ、新聞で大きく取り上げられ社会問題に発展したのが「プロレスショック死事件」でした。
この日のメインは力道山、豊登、東郷組vsテーズ&ブラッシー&Mシャープ組の6人タッグマッチ。試合は「銀髪鬼」ブラッシーが東郷の額へ執しつ拗ようなまでの噛みつき攻撃、生中継のテレビで放送された流血シーンはあまりにもショッキングな映像として全国のお茶の間に流されました。
試合は1本目が17分17秒、ブラッシーが東郷を急所打ちからの体固めでフォール。2本目は14分54秒、テーズが豊登をバックドロップからの体固めでフォールして外国人チームが2−0でストレート勝ちしています。
この試合をテレビで観戦していた老人がショック死したとして翌日の朝日新聞夕刊は、京都府の76歳の女性と愛知県の63歳の男性が、27日夜のプロレス中継を見ている最中に気分が悪くなり、医師が駆け付けたが、心臓発作と脳出血でそれぞれ死亡したと報道。63歳の男性を診察した医師は、「死因は脳出血だが、患者はもともと血圧が高く、あまりにも刺激の強い場面にショックを受けたことが原因のようだ」という談話が出ています。
事故が明るみに出たことで、テレビ(生中継)で東郷の流血シーンを見ていた日本各地の老人5人が次々と心臓麻痺で急死したことが判明、青少年への悪影響を懸念する声も上がりこれを受けて30日、大阪府警は5月11日の大阪府立体育会館大会のテレビ中継を取りやめ、中継するテレビ局に18歳未満の入場禁止などを申し入れました。記事にした朝日新聞は「プロレスのテレビ中継は中止すべし」という激烈な論調をかざしてきました。
結局、力道山がコミッショナーの大野伴睦(自民党副総裁)に相談して「政治的な圧力」をかけることに成功。放映中止は免れたものの、これ以降当分は流血シーンのクローズアップが完全に御法度となりました。
流さんのコラムによると、問題の6人タッグマッチを詳しく報道した東京スポーツの一面の記事中に「神戸発=桜井記者」とあり、桜井康雄氏が記事を書いています。
桜井氏は「おそらく、日本のマットでこれだけの血が流れたことはあるまい」と書いています。まだカラーテレビが世に出る4年前、白黒テレビしか存在していなかった時代だから良かったものの、カラーテレビで放送されていた場合の死者の数は想像もつきません。
流さんは後年、桜井氏本人からこの試合の経過、ショック死が発生したとすれば、どのあたりだったのか?を直接、聞いたことがあるとのことです。一部引用してみたい。
桜井氏「確かに6人タッグにしては長い試合でしたよ。1本目の15分過ぎくらいまでは流血はなかったですね。コーナーに東郷を追い詰めたブラッシーは、そこで初めて噛みつき攻撃を見せたんです。まさに“ガブリ”という感じでね。東郷の額から血が飛び散るように噴き出して、顔面といわず腹部といわず真っ赤で、レフェリーをやっていた沖(識名)さんのシャツも真っ赤だったのを強烈に覚えています。ここからでしょうね、次々とショック死が出ていったのは。
2本目に東郷は白いハチマキをして出ましたが、そのハチマキが真っ赤に染まって、かえって凄惨な印象を与えるわけですよ。2本目も東郷が7割くらい出ていたんじゃなかったかなあ? とにかく東郷ワンマンショー。あの夜は力道山、豊登は存在感がまったくなかったですね」
2本目に東郷が試合を棄権して、力道山と豊登が頑張っていれば惨事を防げたようだが、櫻井氏によると「東郷さんは血を出してナンボ。あれだけの流血は本人としても滅多になかったと思ったんでしょうね。テレビ生中継だし、棄権なんてとんでもないですよ。さすがの力道山でも止められない雰囲気でしたね」と述懐しています。
この日、セミファイナルは吉村道明が45分3本勝負でラリー・ヘニングと1−1の引き分け。その前は19歳の猪木寛至が、ワールドリーグ公式戦でバディ・オースチンに9分12秒で敗れています。
※対戦戦績は234戦44勝190敗、勝率188。
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