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2023年02月08日22:42

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(31)

第197戦、8月4日発売号●【予想】アジア・リーグ戦タッグ部門決勝、坂口征二&ストロング小林組がタイガー・ジェット・シン&ガマ・シン組を破り優勝、初代王者になる、S小林vs上田馬之助戦流れる(76年新日本プロレス仙台・宮城県スポーツセンター)【正解】「世界」を外したWWWF、ビンス・マクマホン・シニアの損得勘定(71年)

8月4日に起きたプロレス界のエポックメイキングな出来事と言えばタイガーマスクのラストマッチ(vs寺西勇戦、83年新日本プロレス蔵前国技館)、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスが馬場&猪木組のBI砲のインターナショナル・タッグ王座に初挑戦(70年日本プロレス東京体育館)が代表的な出来事となります。

しかしBI砲vsファンクスは前週が猪木とテリーの初対決だった為これは除外、タイガーマスクvs寺西は翌週の8月11日に「タイガーマスク電撃引退」という衝撃的なニュースがありますので、どうしてもこちらを予想に入れたくて外しましたが、結果的にはどちらも当たりませんでした。

76年新日本プロレス「アジア・リーグ戦」(正確には「アジア・リーグ戦チャンピオン決定シリーズ」)は7月9日、後楽園ホールで開幕。

新設されたアジア・ヘビー級、アジア・タッグの両初代王者の座を巡り、トーナメントとリーグ戦の併用により参加選手がしのぎを削ることになりました。

シングル部門は日本代表が猪木、坂口征二、ストロング小林、星野勘太郎、山本小鉄、木戸修、柴田勝久、永源遙の8選手、外国人勢がインド代表タイガー・ジェット・シン、ガマ・シン。モンゴル代表がジート・モンゴル&ボロ・モンゴルのザ・モンゴルズ、パキスタン代表がマジット・アクラ、ゴーディ・シン、トルコ代表がアリババ、香港代表がハン・リーの8選手の計16選手。

タッグ部門の参加チームは猪木&木戸組、坂口&S小林組、星野&小鉄組のヤマハ・ブラザーズ、永源&柴田組、TJシン&アクラ組(仲間割れでTJシンのパートナーは1回戦で負けたガマ・シンに変更)、ザ・モンゴルズ、ガマ・シン&GDシン組、アリババ&Hリー組の8チーム。

両部門とも、抽選によるトーナメント1回戦を行い、シングルが1回戦突破の8選手、タッグが1回戦突破の4チームによる総当たりの決勝リーグ戦を行い、いずれも上位2名、2チームによる優勝決定戦(初代王者決定戦)を行います。シングル部門は予選トーナメント、決勝リーグ戦とも30分1本勝負。タッグ部門は予選トーナメントが45分1本勝負、決勝リーグ戦は45分3本勝負。決勝リーグ戦は勝ち1点、あらゆる引き分けが0.5点、負けが0点。

優勝決定戦はシングル、タッグ部門とも60分3本勝負。シングルは7月29日、大阪府立体育会館、タッグが8月4日、仙台・宮城県スポーツセンターで開催されることになりました。

シングルは大阪でTJシンが坂口を2−1で破り優勝、初代アジア・ヘビー級王者になっています。

タッグ部門は8月4日、仙台・宮城県スポーツセンターで優勝決定戦、初代アジア・タッグ王座決定戦(60分3本勝負)が行われ、リーグ戦1位、坂口&S小林組と第2位、TJシン&ガマ・シン組が対戦。1本目は12分58秒、坂口がガマを逆エビ固め、2本目は9分21秒、TJシンがS小林を体固め、決勝の3本目は2分6秒、S小林がガマをブレーンバスターから体固めに決めて2−1で坂口&S小林組が優勝、初代アジア・タッグ王者チームに認定されました。

坂口&S小林組は北米タッグ王座と併せてタッグ二冠王者になり、アジア・リーグ戦はヘビー級がTJシン、タッグが坂口&S小林組が初代王者という順当と言えば順当な結果に終わっています。

また、この日前回予想で採り上げた翌8月5日、蔵前国技館で行われると一度は発表されたS小林と上田馬之助の一騎討ちが流れたことが改めてリリースされ、アジア・タッグ王座決定戦が詳報されている同じ紙面の8月6日付(5日発行)の「東京スポーツ」に掲載されました。

【正解解説】71年はWWWFに取って変動の年でした。63年2月に設立されたWWWF(ワールド・ワイド・レスリング・フェデレーション、世界広域レスリング連盟)はニューヨークMSGを本拠地にペンシルバニア州フィラデルフィア、マサチューセッツ州ボストン、ニュージャージー州ケムデンといったアメリカ東部地区を主要テリトリーに繁栄を続けて来ました。

63年5月17日、MSGで初代王者バディ・ロジャースを破って王者になったブルーノ・サンマルチノはイタリア系移民のヒーローでしたが持病の腰痛の悪化でチャンピオンの座を降りたがっており、精彩を欠くサンマルチノのファイトにニューヨークっ子は不満を覚え、マンネリ化もありMSGの集客は低下していきました。

71年1月18日、MSGでイワン・コロフのフライング・ニードロップの前にフォール負けし、7年8か月に及ぶ第1次サンマルチノ政権はストップ、コロフはショートリリーフの王者であり、2月8日、MSGでヒスパニック系移民に人気の高かったプエルトリカンのペドロ・モラレスに王座が移りました。

ビンス・シニアがNWAへの加盟を決めたのはこの年のNWA総会ですが、モラレスはロサンゼルスでWWA世界ヘビー級王者だった実績があり、一定の集客力はあったものの、サンマルチノ程のカリスマ性はなく、アンダーカードを充実させていく必要がありました。

そこでNWA傘下のプロモーター達と連携し、大物を挑戦者やゲストとして招聘していく道を選びました。

そこで出てくるのがWWWF王座から「世界」の二字を削除する問題。NWAではNWA世界ヘビー級王座を唯一無二の世界王座として認めており、それ以外は全てローカル王座という位置づけ。

ビンス・シニアは加盟時のルールに従い「世界」をヘビー級王座、タッグ王座から削除しました。ただ、ファンからすればWWWFは団体に「ワールド」が入っており、さほどの違和感はなく、それによって集客が落ちた、などということはありませんでした。

※対戦成績は197戦38勝159敗、勝率193。 
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