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2023年02月06日05:38

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(28)

第194戦、7月14日発売号●【予想】全日本プロレスに入団したキム・ドク改め戸口正徳が入団第1戦、&馬場組vsムース・モロウスキー&ロジャー・カービー組(79年全日本プロレス松戸市運動公園体育館)【正解】15年続いた最古団体のラストシリーズ人間模様(81年国際プロレス)

【予想解説】大木金太郎&キム・ドク組の韓国師弟コンビは76年9月の「ジャイアント・シリーズ」で結成され、シリーズ最終戦の10月28日、蔵前国技館では馬場&鶴田組から3本目反則勝ちながらインターナショナル・タッグ王座を奪取。12月9日、日大講堂でのリターンマッチで奪回されて42日天下に終わるも、ファンに強烈なインパクトを与え、馬場&鶴田組との日韓師弟コンビ対決は全日本プロレスの人気カードとなりました。

リターンマッチに敗れたドクは翌77年に拠点としていたアメリカに戻り、ノースカロライナ州を中心としたNWAミッドアトランティック地区で活躍。

大木は全日本プロレスに単独参戦していましたが、10月の「ジャイアント・シリーズ」終盤戦にドクが10か月ぶりに参戦、韓国師弟コンビが復活、シリーズ終了後の11月7日、韓国ソウル市文化体育館で馬場&鶴田組を破って再びインターナショナル・タッグ王座を獲得を果たし、この時は馬場&鶴田組のリターンマッチ、キング・イヤウケア&ブル・ラモス組のザ・タイクーンズ(2回)、国際プロレスのラッシャー木村&グレート草津組の挑戦を退け、4度の防衛に成功。

12月の「世界オープン・タッグ選手権」では4勝3敗1両リンの8点に終わりました。

78年5月11日、大阪府立体育会館で馬場&鶴田組の挑戦を受けた大木&ドク組でしたが、決勝の3本目に大木が左膝を痛めて立てなくなり、リング上でのカウントアウト負けで馬場&鶴田組が半年ぶりに王座奪還を果たしました。日韓師弟コンビ対決も一区切りと言った感じでした。

9月13日、愛知県体育館ではドクが鶴田のUNヘビー級王座に挑戦、1−1から時間切れでさらに5分の延長戦を行いこれも時間切れ。65分の大死闘を見せ鶴田の怪物ぶりに互角に対応出来る正統派としての実力者ぶりを示しています。

大木&ドク組は10月30日、上田市民体育館で馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑むも2−1で敗退、次の「世界最強タッグ決定リーグ戦」は参加チームを6チームに絞った影響はありましたが5戦全敗に終わり、韓国師弟コンビも役割を終えたと言っていいでしょう。

79年1月29日、大阪府立体育会館で再び鶴田のUNヘビー級王座に挑戦したドクはまたも1−1から60分時間切れ引き分けとなりました。

次の「第7回チャンピオン・カーニバル」はドクは不参加で大木が参加していますがアブドーラ・ザ・ブッチャーとタッグを結成しており、77年頃から急所打ちなどのヒールファイトを展開していた大木でしたが便宜上、ブッチャー軍団入りした訳です。

7月12日、日本に戻ったドクは次の日より「サマー・アクション・シリーズ」に特別参加するドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスと会談、大木との訣別を宣言しました。

「大木さんには今でもお世話になったと思っている。しかし、大木さんはブッチャーとタッグを組んだりして汚い試合ばかりやっていて変わってしまった。もう俺が知っている大木さんではない。これ以上大木さんとタッグを組むことは出来ない、そこでファンクスに今後のことを相談した」とコメント。

翌日の7月13日、いわき市関船体育館でファンクスと馬場が会談しドクの全日本プロレス入団が決定、リングネームを本名の戸口正徳に戻しました。(後日、ファン投票で「タイガー戸口」に決定)

ちょうど先の「スーパー・パワー・シリーズ」でザ・デストロイヤーが6年3か月の全日本プロレスでの日本陣営でのキャリアを終えてアメリカに帰国したばかりで全日本プロレスも馬場、鶴田に次ぐポジションのレスラーが欲しかったところでした。

7月14日、松戸市運動公園体育館で全日本プロレス入団第1戦が行われ、馬場との初タッグでモロウスキー&カービー組のベテラン勢と対戦、13分4秒、戸口がショルダー・バスターからの体固めでカービーを降しています。

【正解解説】国際プロレスは81年3月一杯で6年半続いた東京12チャンネル(テレビ東京)のレギュラー中継を打ち切られてしまいました。

4月以降は単発放送ということになりましたが、実際に収録、放送されたのは4月18日、5月16日の後楽園ホール大会、6月25日、清水市鈴与記念体育館の3大会。

7月16日、韮崎市運動公園総合体育館から開幕した「ビッグ・サマー・シリーズ」が国際プロレス最後のシリーズとなった訳ですが、参加外国人は1月に新日本プロレスに来たばかりのジ・エンフォーサー、ジプシー・ジョー、ジェリー・オーツ、テリー・ギブスの4人。

通常2か月以上前から次のシリーズのコースの準備をするのですが、その話が出なかったこともあり、営業部だった根本武彦氏(全日本プロレス、ノアのフロントとしても活躍)は「ああ、国際プロレスはこれで最後なんだな」と感じたと言います。

8月9日、北海道羅臼町民グラウンドの最終戦で国際プロレスは興行活動を停止、2021年は国際プロレスが崩壊してからちょうど40年に当たる年だったのでこのネタを持って来たのでしょう。

※対戦成績は194戦38勝156敗、勝率196。
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