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2022年09月27日06:24

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ストロング小林さん追悼(262)

76年12月12日、パキスタン・カラチ・ナショナルスタジアムで行われた猪木vsアクラム・ペールワン戦第2ラウンド。

アクラムのバックを取ってテイクダウンを奪いあっさりとマウントを取った猪木。うつ伏せになったアクラムに猪木は、後ろからフェイスロックを狙うようにしながら、前腕でアクラムの顔面というか、鍛えることが出来ない鼻と口の間、人中をゴリゴリと攻撃して、アクラムのスタミナと精神力を奪っていきます。カール・ゴッチ直伝の反則スレスレの裏技です。

猪木の足の動きまではハッキリと確認出来ませんが、おそらくアクラムの突き出た腹の下から両足をコジ入れて固定し、身動きが取れないようにしていると思われます。

猪木はそこから足を取ってデスロックに移行しようとしますが、アクラムは足を突っ張って抵抗します。

問題のシーンはその次あたり。フェイスロックにいくように見せかけて片腕で相手の顔を覆い、レフェリーが見えないところで指でアクラムの目を突いた、という箇所。

テレビカメラでは死角になっており、猪木がアクラムの目に指を入れたかどうか画面では判別不能。たまらずアクラムが猪木の腕に噛み付く。
 
猪木の証言では腕を噛まれたので、その状態で咄嗟に目に指を入れたと語っています。またフェイスロックにいく流れで、たまたまアクシデント的に目に指が偶然に入ってしまったともコメントしており、その時々でコメントの内容も微妙に変化するので真相は謎です。

ただ、猪木を長く見ている方であれば「故意に目に指を入れて、アクラムを戦意喪失させた」と考えるのが一般的かと思います。 

第2ラウンド終了、勝利を確信したか、アクラムが戦意喪失したのがわかったからか、手を突き上げてアピールする猪木。アクラムのセコンド陣が猛抗議。リング上は騒然となりました。

猪木も噛まれた左腕を指差してアクラムに反則があったと強調。結局ボル・ブラザーズ側の抗議は受け入れられなかった。試合は続行されています。

第3ラウンド、アクラムの左腕を取った猪木は、そのままダブル・リストロック。一族の誇りにかけて、またペールワン(英雄)の名にかけて死んでもギブアップしないアクラム。

猪木はレフェリーに「折れるぞ!試合を止めろ!」と言ったが、レフェリーは止めなかった。前回書きましたが、アクラムはダブル・ジョイント(二重関節)であり、さらに力を入れると、バキバキッ!と音を立ててアクラムの左肩が脱臼。猪木は「折ったぞーっ!」と雄叫びを上げました。

3ラウンド1分5秒、ドクターストップ、3本勝負でしたがアクラムの負傷で試合続行不可能、2本目は試合放棄となり猪木の勝利が決まりました。

アクラムの勝利を信じていたパキスタンの熱狂的な観客が一気に静まり返ったので、セコンドの藤原喜明は「殺されるかも知れないが、猪木さんに何かあったら自分が防波堤になる」と腹をくくったと言います。

騒然とした観客を前に猪木が両手を上げて「ダーッ」の勝利のポーズをすると、その姿がアラーの神に感謝しているように見え、大観衆がシーンと静まり返った、と当時の報道にありますが、これはおそらくフェイクでしょう。

この他、永源遙が六男のゴガと対戦、4ラウンド37秒、ボディスラムからの体固めでフォール負けしています。

レフェリーを務めたイギリスのオリグ・ウィリアムスはナイフを持った観客に刺され負傷。生命の危険を感じた猪木ら新日本プロレスのレスラーたちは、宿舎のホテルヘ避難。

英雄が怪我をさせられて負けたということで、第2戦は中止に。猪木らはパキスタンのホテルで軟禁状態となったとの報道がありました。軟禁状態の理由としてはパキスタンの英雄アクラムを倒した猪木を一目見ようと熱狂的なファンが押しかけたとされていますが、これはいささか無理があるのではないかと思います。

アクラムはこの試合で片目を失明したと言われ翌77年には現役を引退、87年4月12日に、糖尿病の悪化により56歳の若さで亡くなっています。

猪木はパキスタンの英雄の称号である「ペールワン」の名前を授与され、またイスラム教徒に入信、ボル・ブラザーズらパキスタンのレスラーを新日本プロレスの留学生として受け入れる旨約束しています。

12月25日正午から東京・銀座キャピタルホテルで東京スポーツ新聞社制定「76年度プロレス大賞」の選考会が行われ、各賞が決定しています。

最優秀選手賞(MVP)は猪木(新日本プロレス)が2年ぶりに返り咲き。ウィリエム・ルスカ、モハメド・アリとの格闘技世界一決定戦とNWFヘビー王座の防衛戦が評価されました。

年間最高試合賞(ベストバウト)はジャンボ鶴田(全日本プロレス)試練の十番勝負第2戦、vsラッシャー木村(国際プロレス、3月28日蔵前国技館)戦が受賞。全日本プロレスと国際プロレスの全面対抗戦という事もあり観客が最高に興奮、試合内容も充実していた点を評価。猪木のベストバウト3年連続優勝は成らず。

最高殊勲選手賞(準MVP)は鶴田が初受賞。試練の十番勝負での奮闘とジャック・ブリスコを破ってのUNヘビー級王座獲得が評価されました。
 
最優秀タッグチーム賞で坂口征二&ストロング小林組(新日本プロレス)が初受賞。坂口&S小林組、馬場&鶴田組(全日本プロレス)、大木金太郎&キム・ドク組、グレート草津&マイティ井上組が(国際プロレス)ノミネートされ、投票の結果、北米タッグと新日本版アジア・タッグの2つの王座獲得が評価され坂口&S小林組が受賞。

馬場&鶴田組はインターナショナル・タッグ王座から、草津&井上組はIWA世界タッグ王座から一度は転落しており、年間を通してベルトを落とすことがなかった坂口&S小林組が一番安定しており受賞となりました。

殊勲賞は坂口が受賞、第3回ワールド・リーグ戦優勝と南アフリカ遠征での世界スーパー・ヘビー級王座獲得などの活躍ぶりが評価されました。

敢闘賞はR木村。鶴田戦、上田馬之助戦での内容、IWA世界ヘビー王座の防衛戦が評価された、最初の投票で7票を獲得し受賞。

技能賞は寺西勇(国際プロレス)が2度目の受賞。最終的に寺西と高千穂明久(全日本プロレス)の決選投票となったが、1票差で寺西が制して受賞。安定した試合内容と復活したIWA世界ミッド・ヘビー王座獲得と2度の防衛が評価されました。

各団体から1名ずつ選ばれる努力賞は全日本プロレスが淵(渕)正信、新日本プロレスは第3回カール・ゴッチ杯争奪リーグ戦優勝の魁勝司、国際プロレスはからは7月に海外武者修行から凱旋帰国した剛竜馬が受賞しています。

さらに猪木には「最高特別大賞」なる賞も贈られています。これはルスカ戦、アリ戦などの異種格闘技戦のビッグマッチを実現し、プロレスラーの名声をを世界に高めると同時に日本のプロレスの存在を、普段プロレスを見た事のない世界中の人々にまで知らしめ、大いにプロレスの振興に功績があったとして、制定者である東京スポーツから独自の特別大賞が贈られる事が決定しました。 

さて、ここまで来て馬場(全日本プロレス)の名前がないことに気づかれた方もいらしたと思いますが、馬場にはこの年「裏MVP」とも言うべきファン投票による「特別大衆賞」が贈られています。ファン投票の獲得票数は1位馬場(16,498票)2位猪木(16,329票)3位鶴田(12,587票)4位ザ・デストロイヤー(全日本プロレス、11,316票)、5位坂口(10,994票)と馬場が僅差で猪木を抑えて受賞しています。

「ピープルズ・チャンピオン」となった馬場は「ファン投票で受賞とは嬉しいねえ。大衆賞というのは、それだけファンに支持されたという事でしょう。」と喜びのコメントを出しています。

新日本プロレス入団2年目のS小林は前75年は受賞なしでしたが、この年は年間最優秀タッグチーム賞に輝きました。しかし春のワールド・リーグ戦、夏のアジア・リーグ戦とも決勝進出は成らず、ソロではこれといった実績も残せずに終わった1年でした。
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