76年新日本プロレス「闘魂シリーズ第2弾」には打倒・猪木を目標に掲げ、新日本プロレスのマットに乱入を繰り返していた上田馬之助の名前がありませんでした。
上田は国際プロレスから半ば強引に引き揚げた後、8月5日、蔵前国技館、10月6日、大阪府立体育会館、10月7日、蔵前国技館と乱入し猪木への挑戦を表明していました。
一部報道では76年12月31日の大晦日(この年の大晦日は金曜日)に新日本プロレスが日本武道館を押さえ、猪木vs上田戦を開催しNETが中継してNHKの紅白歌合戦にぶつけるというプランもありました。
まだカウントダウン興行が定着する25年近く前の話であり、満員にすることも難しかったのもありますが、結局元日の日本武道館の書き初め式の準備の兼ね合いから日本武道館を借りることが出来なくなったとのことでした。
シリーズ開幕戦、10月29日、東京・福生市民体育館(テレビ生中継、観衆3,500人満員発表)大会。
メインイベントは猪木とパット・パターソンのシングルマッチ60分1本勝負。開幕戦から猪木は外国人側エースといきなり一騎討ち。
パターソンはねちっこいグラウンドレスリングを見せ、猪木と互角以上に渡り合いました。キーロックで猪木を痛めつけて主導権を奪いましたが猪木もダブルアーム・スープレックスで反撃。両者場外にもつれ、12分22秒、両者リングアウトの引き分けとなり決着はつかず。
地元、ストロング小林はセミファイナルに登場、木戸修とのタッグでラリー・ヘニング&リッキー・ハンター組と45分3本勝負で対戦、1本目は14分54秒、ハンターが木戸を体固め、2本目は1分9秒、S小林がハンターを体固め、決勝の3本目は4分25秒、LヘニングがS小林を体固めに決めて2−1でLヘニング&ハンター組の勝利。
3本目にLヘニングがS小林を破ったフィニッシュは「アックス」(斧)と言われ、S小林をロープに飛ばして帰ってきたところを右腕を首に打ち付けるラリアットの原型のような技でした。
余談ですが、開幕戦の前後、日時は不明ですが国際プロレス時代以来3年10か月ぶりの再会となったLヘニングはS小林にオフレコで会いたいと外国人係をしていたミスター高橋レフェリーを通じて申し入れ、試合後極秘に食事を共にして旧交を温め、S小林が自分の運転するキャデラックでLヘニングを宿泊先である京王プラザホテルに送り届けた、といういい話もあります。日本人レスラーと敵側の外国人レスラーがリングを降りて会うのはケーフェイに抵触するので、ファンの見ていないところでこっそり行われていたというのが実状のようです。
S小林が自分の車で、というからにはこの日の地元の福生大会の開幕戦の終わった後、というのが一番可能性高いかと思います。
初来日のシエン・カラスの来日第1戦の相手はやっぱりこの人をおいて他には考えられない星野勘太郎。カラスはコーナーマットを使ってのダイビング・ボディアタックを披露。最後は7分21秒、メキシカン・ストレッチで星野をギブアップさせています。ミル・マスカラスに比べると長身で細身。まだまだこれからのルチャドールという感じでした。
テレビ中継は上記3試合。リップ・ホークは永源遙とシングルマッチで対戦し6分37秒、逆エビ固めで開幕戦からギブアップ負け。やはり寄る年波には勝てず…。
とはいえ、ブルート・バーナードも同じ年齢なので、やはり個人差はあるかとは思います。
第2戦、10月30日、神奈川大和市車体工業体育館(後にいすゞ自動車大和体育館に改称、観衆3,000人超満員発表)大会。
S小林はセミファイナルで前夜の開幕戦でフォールを奪われたLヘニングとシングルマッチ45分1本勝負で対戦、13分26秒に反則勝ち。
大和大会メインイベントは西ドイツでの短期の武者修行から帰国した小沢正志(キラー・カーン)が猪木のタッグパートナーに抜擢され、パターソン&ハンター組という実力者タッグと対戦。1本目は12分23秒、小沢がハンターを体固め、2本目は3分12秒、パターソンが小沢を体固め、決勝の3本目は4分47秒、猪木がハンターを体固めで破り2−1で猪木&小沢組が勝利を飾りました。
小沢と同じく西ドイツから凱旋帰国の藤原喜明はRホークを7分33秒、逆エビ固めでギブアップさせています。
ログインしてコメントを確認・投稿する