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2022年09月02日18:13

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ストロング小林さん追悼(237)

76年新日本プロレス「闘魂シリーズ」参加外国人レスラープロフィールの続きです。新日本プロレス初参戦、クルト&カールのフォン・スタイガー兄弟。

兄のクルトは本名アーノルド・パストリック。1931年カナダ・マニトバ州ウィニペグ出身の当時45歳。弟のカールとのフォン・スタイガー兄弟でカナダや太平洋岸地区で活躍した実力者。カールとはビジネス上の兄弟で血のつながりはありません。ドイツ・ハンブルグ出身を自称していましたが実際はカナダ出身でした。

67年よりカール(ローン・コーレ)とコンビを結成。カナダ・カルガリーのスタンピード・レスリングにてクルト・フォン・スタイガーを名乗り。ナチスドイツギミックに変身、フォン・スタイガー兄弟として5月12日にカルガリー版のインターナショナル・タッグ王座を獲得。

68年からは揃ってアメリカ本土に進出、オレゴン地区のパシフィック・ノースウエスト・レスリングに参戦、同年10月12日にはNWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座を獲得。以降、ビリー・ホワイト・ウルフ&ジョニー・イーグル組、ルター・レンジ&シャグ・トーマス組、ロニー・メイン&トニー・ボーン組、フランキー・レイン&ジミー・スヌーカ組などの強豪チームを破り、71年7月にロード・ジョナサン・ボイド&ノーマン・フレデリック・チャールス�契い離供Ε蹈ぅ筌襦Ε�ンガルーズに敗れてベルトを明け渡すまで、同王座に通算8回に亘り戴冠しています。

この間、69年5月に日本プロレスの「ゴールデン・ファイト・シリーズ」にカールとのフォン・スタイガー兄弟で初来日。7月2日、記念すべきNET「ワールドプロレスリング」初回放送収録となった6月23日、大田区体育館大会では猪木&吉村道明組と対戦し2−1で敗れています。また、シリーズ終了後に行われた日本プロレスの東南アジア遠征ツアーにもカールと共に参戦、シンガポールのガイ・ワールド・スタジアムでは猪木とシングルで対戦しています。

日本遠征から帰国後は後にカールの居住地となるハワイにチームで遠征、69年9月10日にはホノルル・インターナショナルセンター(後のニール・ブレイズデル・センター)にてペドロ・モラレス&エド・フランシス組を破りNWAハワイ・タッグ王座を獲得、翌70年にはオーストラリアに遠征、6月19日にシドニーにてマーク・ルーイン&トニー・パリシー組を破り豪州版IWA世界タッグ王座を獲得しています。

主戦場のオレゴンでは71年2月23日、ポートランドにてAWAから遠征してきたマッドドッグ&ブッチャーのバション兄弟からAWA世界タッグ王座を奪取。バション兄弟はベルトを失った状態でAWA世界タッグ王者チームとして国際プロレスの「AWAビッグ・ファイト」に来日します。バション兄弟は3月1日、仙台・宮城県スポーツセンター、翌2日、東京体育館でサンダー杉山&グレート草津組の連続挑戦をいずれも2−1で降し防衛に成功して帰国。

3月18日、ポートランドでフォン・スタイガー兄弟からAWA世界タッグ王座を奪回していますが、AWAの公式記録ではフォン・スタイガー兄弟は正式には王者チームとして認定されていないです。

72年以降は共にシングルでの活動が多くなり、73年2月の坂口征二最後の日本プロレス所属シリーズとなった「ダイナミック・ビッグ・シリーズ」にクルトは単独で再来日、3月3日、吉村引退試合が行われた大阪・近畿大学記念講堂大会で、吉村の引退により空位になっていた(吉村のパートナーは坂口)アジア・タッグ王座決定戦に出場、キラー・カール・クラップと組んでグレート小鹿&松岡巌鉄に敗れています。

76年に入り、フォン・スタイガーズを再結成、新日本プロレスには初参戦、3年5か月ぶりの3度目の来日となりました。

カールはクルトより3歳年下の1934年、本名ローン・コーレ。クルトと同じカナダ・マニトバ州ウィニペグ出身の当時43歳。60年本名のローン・コーレ名義でデビュー。67年にカルガリーでナチスドイツ・ギミックのカール・フォン・スタイガーに変身、クルトとのフォン・スタイガー兄弟で活躍。(クルトとの重複部分は割愛)

プロレスのセンスではクルトを上回り、71年6月11日、オレゴン州ユージーンにてドリー・ファンク・ジュニアのNWA世界ヘビー級王座に挑戦しています。この時にドリーの目に留まり、テキサス州アマリロにてシングルでの活動を開始。72年12月、全日本プロレスの「旗揚げジャイアント・シリーズ第2弾」に単独で来日。

73年4月、日本プロレスから流出してきたインターナショナル・タッグ王座を、返上したフリッツ・フォン・エリックに代わるクラップのパートナーに指名されて獲得している。同王座は翌5月26日にドリー&テリーのザ・ファンクスに奪われました。

翌74年1月「新春NWAシリーズ&NWAチャンピオン・シリーズ」に全日本プロレスに再来日。3月にテリー・ファンク、5月にボブ・バックランドを破り、アマリロ地区の看板タイトルであるNWAウエスタン・ステーツ・ヘビー級王座を2度獲得。アマリロではメインイベンターでした。75年2月「エキサイト・シリーズ」に全日本プロレス3度目の来日を果たしました。

75年下期はテネシー州メンフィスのNWAミッドアメリカ地区にて、WWWF活動していたオットー・フォン・ヘラー(マイク・ホール)を新パートナーに迎え、6月16日にトージョー・ヤマモト&ジミー・ゴールデンからNWA南部タッグ王座を獲得。また、同地区では覆面レスラーのマスクド・スーパースター3号に変身し、マスクド・スーパースター1号(ドン・グリーン)とのコンビでも活動しました。

クルトは猪木、坂口征二とは対戦経験ありもストロング小林とは対戦経験なし。カールは猪木とは対戦経験あり、坂口、S小林とは対戦なし。また星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズとの対戦も実現するか楽しみです。

実は今回、カールのみ8月14日、埼玉県熊谷市民体育館で開幕の全日本プロレス「ブラック・パワー・シリーズ」に来日が予定されていましたがキャンセルされました。「親馬場派」のカールが馬場を裏切って新日本プロレスに行ってしまったのは意外でしたが、おそらく「クルトと一緒に」と言われ、新日本行きを応諾したかと思われます。(この項続く)
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