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2022年06月15日23:13

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ストロング小林さん追悼(159)

新日本プロレスと全日本プロレスの興行戦争ですが、新日本プロレスの「サマー・ファイト・シリーズ」と同時期に開催の全日本プロレス「サマー・アクション・シリーズ」は珍しく後楽園ホールでの開催はなし。

新日本プロレスは東京の大会場でのビッグマッチはありませんでしたが、大阪府立体育会館が先攻の全日本プロレスが7月9日、後攻の新日本プロレスが最終戦の7月30日と3週間差のニアミス。

先行の全日本プロレスの府立はザ・デストロイヤーvsザ・スピリットの覆面世界一決定戦十番勝負第7戦、(PWF認定USヘビー級選手権試合)をメインイベントに5,800人発表の観客を動員。

覆面十番勝負第7戦は当初、先の「ブラック・パワー・シリーズ」5月27日、広島県立体育館でブラック・デビルを迎え撃って行われましたが、5月23日、同シリーズ開幕戦に現れたBデビルは団体からリリースされた宣材写真とは明らかに別人の小柄なレスラーでした。

広島での一戦はデストロイヤーが2−1で勝ち、USヘビー級王座を防衛。デストロイヤーがBデビルのマスクを剥ぐと中身は73年4月に新日本プロレスにサイクロン・ソトのリングネームで来日したマヌエル・ソト。

馬場は「Bデビルは偽物、十番勝負第7戦は無効」とアピール、PWF会長のロード・ブレアースもソトは替え玉であり、第7戦は無効であると認め、第7戦のやり直しを命令。スピリットはPWF本部が第7戦の相手として指名してきたマスクマンでした。

1−1からの3本目、タックルに来たデストロイヤーを自爆させたスピリットはエビ固めでデストロイヤーをフォール、その際、サイドロープに両足をかけて体重を乗せていました。明らかに反則でしたが、レフェリーのジェリー・マードックは見逃してカウント3。

リングサイドで見ていたサブレフェリーのジョー樋口がJマードックレフェリーのミスジャッジを指摘、判定が覆り試合続行となりましたが勝ったと思ったスピリットは本部席にあったUSヘビー級のベルトを持って控室へ戻ろうとしました。レフェリーはスピリットにリングに戻る様指示しましたが怒ったスピリットは警告を無視してそのまま帰ってしまい、試合放棄で負け。後味の悪い結果でデストロイヤーが2−1で勝ち、USヘビー級王座を防衛。

しかしながら観客の前で3カウントを取られたデストロイヤー、フォール勝ちの判定を覆されたスピリット、どちらもこの結果には不満で、シリーズ最終戦の7月25日、日大講堂で覆面十番勝負第7戦の再戦を行われることが決定。スピリットは当初、終盤1週間に特別参加するフリッツ・フォン・エリックと交代で帰国予定でしたが、デストロイヤーとの再戦が決まったことで最終戦まで残留が決まりました。

Bデビルのソトとは違い、堂に入ったヒールぶりと強さは大物感満載、それもそのはず、正体はベテランの「殺人鬼」キラー・カール・コックスでした。

新日本プロレスの「サマー・ファイト・シリーズ」最終戦の府立が4,500人発表と満員マークがつかず、後攻ならば全日本プロレスの府立の発表数字を見て発表が可能だったにも関わらず、1,300人マイナスということは不入りだったのでしょう。ハンス・シュミット&ブルート・バーナードも大物に違いはないですが、やはりロートルの域に入っており、猪木が負けるイメージが沸かず、タイガー・ジェット・シンの何をしでかすかわからない恐怖感は感じられませんでした。

大阪の興行戦争に関してはどちらも満員にならずでしたが、珍しく全日本プロレスの勝利となりました。

全日本プロレスは7月25日のシリーズ最終戦は日大講堂大会を開催しましたが、こちらは5,900人発表と厳しい入り。メインイベントは馬場とエリックのテキサス・デスマッチ。当初は馬場のPWFヘビー級王座にエリックが挑戦すると発表されましたが、エリックは「俺は今更馬場のベルトには興味がない。俺の最も得意とするテキサス・デスマッチで対戦する度胸があるなら受けてみろ!」と提案。馬場が「そんなに言うならやってやる!」と受諾したものでした。

勝者が8月8日、ミズーリ州セントルイス・キール・オーデトリアムでジャック・ブリスコのNWA世界ヘビー級王座へ挑戦することが決定。試合は時間無制限1本勝負、反則裁定なし。リング上にレフェリーなし。勝敗はKOかギブアップで決まり、ジョー樋口とJマードックがジャッジとしてダウンカウントを数えるというもの。

試合中、場外乱闘の際、リングサイドに青いシャツを着た男性客が現れ、棒状の凶器をエリックの耳に突き刺すという凶行に出てからエリックの動きが悪くなり、16分26秒、馬場のKO勝ちに終わりました。

セミファイナルではデストロイヤーvsスピリットによる覆面世界一決定戦十番勝負第7戦の再戦(PWF認定USヘビー級選手権試合)が行われ、1−1からの3本目、スピリットの反則攻撃に怒ったデストロイヤーのセコンドの鶴田がリング下からスピリットの足を引っ張り阻止。うるさい小僧とスピリットが鶴田に気を取られている隙に、背後からデストロイヤーが後方回転エビ固めでフォール勝ちしています。

結局、デストロイヤーは覆面十番勝負第7戦を3回闘ったことになります。

テキサス・デスマッチは「過激さ」を売り物にしたかとは思いますが、やはり馬場と日本プロレス時代にインターナショナル王座を賭けて対戦した超大物外国人レスラーとの試合は、試合形式を変えたとしても観客動員は頭打ちになってしまっており、馬場はマッチメイクを根本的に見直ししなければならない過渡期に来ていました。

さて、そんな中、新日本プロレスの猪木&坂口組の黄金コンビはロサンゼルスに遠征、ちょうど1年前の74年8月16日、カール・フォン・ショッツ&クルト・フォン・ヘス組の「ナチの戦犯コンビ」を破り北米タッグ王座を獲得して以来のロサンゼルス遠征となりました。この1年で6度の防衛を果たし、王者チームとして堂々と敵陣に乗り込みました。

挑戦者チームはジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツ組のハリウッド・ブロンドス。ブロンド・ボンバーズとして71年10月、74年1月の2度に渡り国際プロレスに来日。ストロング小林とも何回も対戦していますが、体格も小さく、国際プロレスの74年「新春パイオニア・シリーズ」に参戦した時のプロレス熱戦譜を読んでいました。ブロンドスはS小林、ラッシャー木村、グレート草津、マイティ井上はいいとして寺西勇、アニマル浜口に何度もフォール負け喫していました。

私は猪木&坂口組の敵ではなく、2−0のストレート勝ちで防衛するだろうとタカをくくっていました。

1本目は18分9秒、猪木がBロバーツをジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド(回転足折り固め)でフォールし先制しましたが、2本目以降、猪木が捕まり、ブロンドスの連係プレーの餌食となり、13分12秒、Bロバーツがニードロップから猪木を体固め。(東京スポーツを初めとした各紙、誌)ではフォールしたのはブラウンという公式記録になっていますが、映像で確認したところ、実際にフォールしたのはBロバーツでした。

「こんなはずでは…」とテレビの前でビックリしていましたが、2本目と3本目のインターバルの間にもブロンドスは2人がかりで猪木を集中攻撃。グロッキーの猪木は立てず。ブロンドスの反則連携に怒ったレフェリーのレッドシューズ・ドゥーガンはノーコンテスト(試合時間なし)の裁定を下しました。

カリフォルニア州ルールにより、王座は同州アスレチック・コミッショナー預かり、猪木&坂口組は負けはしませんでしたがベルトを失うことになり、防衛記録は6でストップ。

この日、1年前の74年8月8日、日大講堂でエル・グレコをサソリ固めで破りデビューを飾り、同年10月にフロリダのカール・ゴッチ道場を皮切りに西ドイツ、カナダと転戦していた海外修業中の吉田光雄(長州力)が猪木、坂口、それに一緒に来ていた山本小鉄と合流しました。

オリンピック・オーデトリアムでミッキー・ドイルと対戦、セコンドには小鉄が付き,10分位で前方回転エビ固めでフォール勝ちを収めています。吉田はこの1試合のみでカナダに戻っています。
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