75年新日本プロレス「ビッグ・ファイト・シリーズ」最終戦、3月20日、蔵前国技館(観衆10,500人満員発表)大会。
波瀾万丈のシリーズもついにファイナルを迎えました。メインイベントはNWF世界ヘビー級選手権試合、3月13日、広島県立体育館における王座決定戦で19分26秒、ブレーンバスター、カウンターの凶器パンチの連続攻撃からの体固めで猪木を破り、新王者となったタイガー・ジェット・シンに猪木が挑む一戦。
この試合に勝って猪木がベルトを奪回しなければ同王座は海外流失となります。試合は60分1本勝負。3月7日の横浜文化体育館でシンの新兵器ブレーンバスターを喰らってフォール負けして調子が狂ったか、元気のなかった猪木はこの試合、これまでの怒りを爆発させて優勢に出ました。
猪木は場外乱闘でシンを鉄柱に激突させて流血させましたが、逃げるシンを猪木は国技館の桝席まで追いかけて乱闘、レフェリーのミスター高橋は場外20カウントを数え、19分1秒、両者リングアウトの裁定が下りました。
エキサイトした猪木は試合終了のゴングが耳に入らなかったか、これまでの鬱憤を晴らすようなブレーンバスターでシンをリングに叩きつけ、フォールにいきましたがカウントは入らず。ガックリと肩を落とす猪木、シンが初防衛に成功し、ベルトは海外流失となってしまいました。
シンは支度部屋に戻ると額から出ている血を拭おうともせず、ベルトを肩にかけて認定証を片手に上機嫌で普段は蹴散らしたり暴行を加えたりのマスコミのインタビューに応じ、「今日は反則を一切しないで俺はベルトを守った。反則ばかりしてきたのは猪木の方だ。俺はダーティファイターではない。早くカナダに帰ってベルトを2人の息子に見せたい」とコメントしています。
セミファイナルは坂口とマイティ・ズールのシングルマッチ45分1本勝負で9分12秒、アトミック・ドロップからの片エビ固めでフォール勝ち。
ストロング小林はジョニー・ロンドスを8分44秒、カナディアン・バックブリーカーでギブアップさせました。星野勘太郎&柴田勝久組とスティーブ・ベイダー&ピーター・カイザー組のタッグマッチは11分53秒、星野がカイザーを体固めで破っています。
蔵前大会が終わった翌21日、猪木は休む間もなく大木金太郎の招きで1週間の韓国遠征に出発。22日釜山から27日ソウルまでのツアーです。新日本プロレスからは猪木以外には星野、永源遙、小沢正志(キラー・カーン)、栗栖正信(政伸)が参加、当時は公表されていませんでしたが在日韓国人の星野は呂建夫の名前で韓国では定期的に試合をしていました。(S小林は参加せず。)
また「ビッグ・ファイト・シリーズ」に参加したロンドス、Sベイダー、カイザーもツアーに参加しています。
最終戦3月27日、ソウル市奨忠体育館は8,000人の観衆を動員。猪木は大木のインターナショナル王座に挑戦。認定団体がなくなったとは言え力道山、馬場が巻いていた日本プロレスのエースの象徴だったインターナショナル王座に猪木が挑戦したのはこれが最初で最後。
試合は韓国の国民的スーパーヒーローである大木に対し、猪木はヒールテイストを適度に交えたラフファイトを見せ、試合の前半は大木のキーロックを猪木が持ち上げるなど猪木vsカール・ゴッチ戦を彷彿とさせる見せ場を作りました。
猪木は場外で大木の額を鉄柱にぶつけ、大木は額からおびただしい出血。さらに猪木は自分が日本プロレスを除名・追放処分になってから使い始めた大木の得意技、足4の字固めを逆に大木に仕掛けていきました。
地元で負ける訳にはいかない大木は必死に身体を回転させて猪木と同体で場外に転落。13分38秒に両者リングアウトの引き分けで王座を死守しました。
リングの中では猪木がシンとの王座決定戦に敗れ、NWF世界ヘビー級王座を失い、最終戦でも奪回に失敗するなど波乱の連続だった新日本プロレスの「ビッグ・ファイト・シリーズ」でしたが、興行的には満員、超満員の会場が続出し、シンのヒール人気が爆発して大盛況でした。シンのヒール人気はこのあたりがピークだったでしょう。
同時期開催の全日本プロレス「NWA加盟2周年記念エキサイト・シリーズ」との興行戦争ですが、先の新日本プロレス「新春黄金シリーズ」と全日本プロレス「新春シリーズ」では東京体育館で先行の新日本プロレスが1月9日、猪木&坂口組vsカナディアン・ワイルドマン&コーリン・ジョイソン組、S小林vsピート・ロバーツ、さらにベニー&ビリーのマクガイヤー・ブラザーズの登場で9,200人超満員発表。
対する全日本プロレスは20日遅れてのシリーズ最終戦、1月29日、馬場にハーリー・レイスが挑戦したPWFヘビー級選手権試合、ザ・デストロイヤーvsカリプス・ハリケーンのPWF認定USヘビー級選手権試合、覆面世界一決定戦十番勝負第5戦の再戦(1月22日、沖縄で引き分け)の2大タイトルマッチで5,200人発表と新日本プロレスの圧勝に見えましたが、新日本プロレスはNET「ワールドプロレスリング」の準メインスポンサーだった文化シャッター主催の「新春プロレスファンの集い」という無料興行であり、比較対象にはならず。
今シリーズでは愛知県体育館が全日本プロレスが3月11日、新日本プロレスが1週遅れの3月18日開催、東京の大会場では全日本プロレスが3月13日、日大講堂、新日本プロレスが1週遅れの3月20日、蔵前国技館。
名古屋は全日本プロレスがジャック・ブリスコにジャンボ鶴田が挑戦したNWA世界ヘビー級選手権試合、馬場vsボボ・ブラジルのPWFヘビー級選手権試合の2大タイトルマッチ開催でしたが4,300人発表と厳しい数字。
新日本プロレスは猪木&坂口組にシン&ズール組が挑戦した北米タッグ選手権試合がメインで13,000人の超満員発表。大相撲の時の定員が8,000人の愛知県体育館では大幅水増しですがこちらは新日本プロレスがトリプルスコアでの圧勝。
2月5日、テキサス州サンアントニオ・ミニュシバル・オーデトリアムで馬場&鶴田組が3度目の正直でドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスを破ってインターナショナル・タッグ王座を獲得。鶴田はデビュー以来初タイトル戴冠となりました。
奪われたベルトを取り返すべくファンクスが来日、リターンマッチ2番勝負が組まれ3月8日、札幌中島スポーツセンターの初戦では1−1から両チームリングアウトの引き分けで馬場&鶴田組が初防衛。
3月13日、日大講堂での第2戦では2−1で馬場&鶴田組が勝ち2度目の防衛、また、ブリスコとブラジルによるNWA世界ヘビー級選手権試合も組まれましたが、8,750人発表と満員には届かず。新日本プロレスのシンvs猪木のNWF世界ヘビー級選手権試合は10,500人と満員になりました。
全日本プロレスはNWA加盟2周年記念ということでシリーズ終盤にNWA世界ヘビー級王者ブリスコ、ファンクスを招聘しましたがシン1人に興行戦争で敵いませんでした。
ただし全日本プロレスも馬場&鶴田組vsファンクスの初戦が行われた3月8日の札幌が8,000人(超満員)発表、翌9日、前74年12月9日の王座転落以来初めてブリスコに馬場が挑戦したNWA世界ヘビー級選手権試合が組まれた函館市民体育館(ノーテレビ)は7,000人(超満員)発表と大入りの会場もあったことは特筆すべき点かと思います。
4月に入ると、両団体は新日本プロレスが「第2回ワールド・リーグ戦」、全日本プロレスが「第3回チャンピオン・カーニバル」の「春の本場所」で真っ向勝負となっていきます。
ログインしてコメントを確認・投稿する