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2022年04月16日06:43

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ストロング小林さん追悼(100)

74年6月、アメリカでの再修行に出発したストロング小林はマスクマンのコリアン・アサシン(韓国の暗殺者)としてフロリダ州のCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロリダ)のサーキットに入りました。

6月10日、オーランド ○ロベルト・ソト

6月11日、タンパ・フォートフォーマー・ヘスタリー・アーモリー  ●エディ&マイク・グラハムvsボビー・ダンカン&Kアサシン

6月14日、タラハッシー (勝敗不明)トム・ジョーンズ

6月17日、オーランド ○ダニー・ホッジ

6月20日、プンタゴルダ ●ダスティ・ローデス&Mグラハムvsダンカン&Kアサシン

6月21日、タラハッシー (勝敗不明)ソト

6月24日、オーランド ○Eグラハム(ライトアウトマッチ)※会場の照明を消して闘う形式、後に日本でもW☆INGが「月光闇打ちデスマッチ」として行っている。

そして6月25日、タンパのフォートフォーマー・ヘスタリー・アーモリーで「会いたくなかった」馬場との遭遇が…。

全日本プロレス「MSGシリーズ」が終了すると馬場はアメリカ遠征に出発、初戦は6月14日、NWAの総本山、ミズーリ州セントルイスのキール・オーデトリアムに出場、ディック・マードックに14分19秒、カウンターの逆水平チョップ、16文キックからの片エビ固めで勝利。なお、この日のメインイベントであるジャック・ブリスコvsドリー・ファンク・ジュニアのNWA世界ヘビー級選手権試合(1−1から時間切れ引き分け)を馬場に帯同して渡米ジョー樋口がレフェリングしています。

6月15日、コロラド州コロラドスプリングスでは馬場はアメリカ遠征中でテキサス州アマリロではカンフー・リーのリングネームで試合をしていたグレート小鹿と組んでドリー&テリー・ファンクのザ・ファンクスのインターナショナル・タッグ選手権に挑戦者し2−1で負け。

6月16日、ニューメキシコ州アルバカーキでは前日のコロラドと同一カードで馬場&リー組がファンクスのインターナショナル・タッグ王座に挑戦。(勝敗不明)。6月17日、テキサス州エルパソでは馬場&リー組はドリー&リッキー・ロメロ(メヒコ・グランデ、ヤングブラッド兄弟の父親)と対戦し2−1で負け。6月18日はテキサス州オデッサで前日のエルパソと同じ組み合わせ、馬場&リー組がドリー&ロメロ組のNWAウェスタンステート・タッグ王座に挑戦し2−1で負け。

6月20日、テキサス州アマリロ・スポーツアリーナでは馬場は風貌がよく似たパク・ソンナンとタッグを組みザ・ファンクスのインターナショナル・タッグ王座に挑戦、2−1で敗戦。6月21日、ジョージア州アトランタではビッグ・バッド・ジョンに3分、フォール勝ち。

6月24日には10年ぶりにニューヨークMSGに登場。ゴリラ・モンスーンとシングルマッチで対戦、19分32秒、モンスーンのフライング・ボディプレスをかわして16文キックから片エビ固めで勝利を飾っています。

馬場は翌日フロリダ入り。6月25日、タンパでは先ずKアサシンこと小林はボブ・ループに勝利。

馬場は初対決となるローデスとバウンティ(賞金)マッチ60分3本勝負で対戦、1本目は16分17秒、馬場が16文キックから片エビ固め、2本目は5分11秒ローデスがエルボードロップから体固め。

決勝の3本目、ローデスが馬場へエルボードロップを決めフォールに入ったところへ馬場のマネージャーとしてリング下にいたゲーリー・ハートが椅子を持ってエプロンに。フロリダではローデスは絶対的ベビーフェイスなので馬場はヒールになります。

それを見たローデスがハートから椅子を奪い取りましたたが、これを見ていたレフェリーが止めに入り、ローデスが奪った椅子を取り上げようとしたところ、椅子が当たりレフェリーはダウン。椅子を奪ったローデスがハートに殴り掛かったとかったところでハートがローデスの顔面にパウダーを攻撃。

ダウンしたローデスにKアサシンが乱入しローデスを攻撃、息を吹き返したレフェリーは7分2秒、馬場の反則負けを宣告しました。

そのまま乱闘状態からローデス&ジェリー・ブリスコ&ドン・ムラコ組vs馬場&ザ・サモアン&Kアサシン組がによるテキサス・トルネード(ノータッチで6人全員が同時に闘っても良いルール)6人タッグマッチに移行。

サモアンがロープに走ったところで、ローデス側のセコンドについていたロバート・フラーが足を引っ掛けて倒し、ローデスがエルボードロップを決めフォール。ローデスがサモアンから体固めでフォール勝ちを奪いました。

はからずも、馬場と小林はフロリダでタッグを組んでしまった訳ですが、プロモーターの意向には逆らえず…。

6月26日、マイアミビーチ ○KアサシンvsTジョーンズ

●ローデス&ムラコvs馬場&パク

6月27日、ジャクソンビル ○KアサシンvsTジョーンズ

●ローデス&Mグラハムvs馬場&パク

馬場と小林はフロリダで3大会一緒でした。案の定フロリダで馬場は小林と会い、「ウチへ来て、ジャンボを盛り上げてやってくれよ。」と全日本プロレスへの入団を勧誘。小林は「このアメリカ修行は、新日本プロレスからお金をもらって来ており、それは出来ません。」と丁重に謝絶しています。

小林はその後の新日本プロレスでの扱いの酷さから「もしあの時馬場さんの誘いに応じて、全日本プロレスに行っていれば良かったかも」と悔いを残すような発言をしていた時期もありましたが、後年は「ストロング小林という名前が今でもファンのみんなが忘れないでいてくれるのは、猪木さんとの試合があったからなんだよね…」と発言の内容も変わっています。

馬場はフロリダで3試合した後、東部地区に戻り6月28日、ペンシルバニア州ピッツバーグでジム・グラブマイヤーを破り遠征最終戦を白星で飾り、ハワイで静養した後、7月5日、後楽園ホールで開幕の「サマー・アクション・シリーズ」参加の為に帰国しました。

小林がもし全日本プロレスに行っていたら?2月に国際プロレスを辞めてフリーになった直後と猪木に敗れた後では多少扱いは違うと思いますが、鶴田、ザ・デストロイヤーよりは下、先に国際プロレスから全日本プロレスに移籍してきていたサンダー杉山と「元国際プロレスチーム」を結成し、中堅どころで楽しくやっていたかも知れませんが所詮は外様。

杉山が76年に退団した後は天龍、タイガー戸口(キム・ドク)より下になってしまい、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ファンクス、国際プロレスから新日本プロレスを経て全日本プロレスに来たビル・ロビンソン、ミル・マスカラスなどの噛ませ犬になってしまっていたことは間違いないでしょう。ロッキー羽田、石川孝志(隆士)と組んでアジア・タッグ王座ぐらいは獲得出来たかと思いますがインターナショナル・タッグ王座は無理だったでしょう。
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