日本プロレス界再編成の年となる72年、国際プロレスの「新春パイオニア・シリーズ」は1月5日、北九州市小倉区三萩野体育館で開幕。カーチス・イヤウケア(キング)、ダン・ミラー、ローム・マスク(ジルベール・ボワニー、)、ケニー・ジャイ、チャールズ・ベレッツ(ジョニー・ロンドス、チャールズ・ベルファースト)、ジ・アベンジャー(ハン・リー)、ジェリー・オーティス(オーツ)の外国人選手が参加。
この日より、TBSの「TWWAプロレス中継」が毎週水曜日午後7時〜8時の60分枠から、同じ水曜日午後7時〜7時30分の30分枠に短縮され、国際プロレスにとっては放映権料収入のダウンという危機に晒されました。
「TWWAプロレス中継」は68年1月の放送開始から直ぐは生中継を原則としてきましたが、同年2月の「ワールド・タッグ・シリーズ」で当時の外国人レスラーのブッカーだったグレート東郷が、ギャラが約束通り支払われないと参加外国人を途中で引き上げさせる暴挙に出て生中継に穴が空き、やむなく過去の録画素材を放映した経緯もあり、録画が増加。
また、69年後半からシリーズオフが長くなり、録り溜めしておいた試合を放送、試合から1か月超えてから放送されることも常態化、また70年に入ってからは放送クルーの移動コストを削減するため、関東、JNNネット局の強い九州、東北周辺会場などで「固め録り」を実施。1会場で収録した試合を2回に分けて放送することも普通にありました。
このため、新鮮味に欠ける番組内容になってしまい、放送開始当初は30%台あった視聴率が70年には20%台に低下、その後も徐々に下降線を辿り、放送時間の短縮に繋がってしまいました。
開幕戦の小倉大会(観衆4,500人満員発表)はテレビ一部生中継、一部録画となり、メインイベントではサンダー杉山&寺西勇組がイヤウケア&Dミラー組と対戦、1本目は10分45秒、イヤウケアが杉山を体固め、2本目は1分5秒、杉山がイヤウケアを体固め、決勝の3本目は3分27秒、ミラーが寺西を体固めに決めて2−1でイヤウケア&ミラー組の勝利となりました。
セミファイナルはストロング小林とアニマル浜口が組んでLマスク&アベンジャー組のマスクマンコンビと対戦、Lマスクは68年11月、「ワールド・チャンピオン・シリーズ」に初来日したボワニーの変身、小林が後に新日本プロレスに移籍してからもマスクド・グラディエーターとして新日本に参戦しています。
アベンジャーと言えば、後に全日本プロレスのレギュラーとなる正体がムース・モロウスキー(スタン・ザ・ムース、ドクター・デス)版が有名ですがメキシコ系中国人のハン・リーがその正体。この翌年、73年9月には新日本プロレスに厚かましくも「エル・サント」を名乗って来日しました。
1本目は14分2秒、日本組の反則勝ち、2本目は3分40秒、小林がアベンジャーを体固めで破り、小林&浜口組が2−0のストレート勝ち。
ラッシャー木村は新年第1戦から金網デスマッチでのスタートとなり、ジャイを21分20秒、カウントアウトで降しています。オーティスは紫鬼三を14分2秒、回転エビ固めで破り、ベレッツはミスター珍に9分59秒、体固めでフォール勝ちしています。
第2戦、1月6日、長崎県島原市体育館(テレビ収録、観衆3,500人発表)大会では小林のIWA世界ヘビー級王座にDミラーが挑戦。Dミラーは前71年6月19日、ミネソタ州ダルースで小林に敗れIWA世界ヘビー級王座を奪われた(とされる)ビル・ミラーの弟であり、「兄の仇を打ちに」来日。
1本目は11分43秒、小林が逆エビ固めで先制、2本目は5分9秒、ミラーが体固め、決勝の3本目は1分20秒、小林が体固め、2−1で小林が2フォール勝ちを奪い8度目の王座防衛を果たしています。
セミファイナルはIWA世界タッグ王者チームの杉山&木村組がイヤウケア&ジャイ組と対戦するノンタイトル戦。1本目は14分30秒、ジャイが木村を体固め、2本目は6分30秒、杉山がジャイに反則勝ち、決勝の3本目は7分15秒、木村がジャイを逆エビ固めでギブアップさせて2−1で杉山&木村組の勝利。
浜口とLマスクのシングルマッチは8分30秒、体固めでマスクのフォール勝ち、大剛鉄之介とアベンジャーのシングルマッチは17分8秒、アベンジャーが地獄固め(おそらくメキシコの関節技、ジャベの一種)で勝利。寺西とベレッツの日英テクニシャン対決は20分時間切れ引き分け。今シリーズより戦列復帰の大磯武はオーティスとシングルマッチで対戦、16分25秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップ負けを喫しました。
第3戦、1月7日、鹿児島県加世田市(現南さつま市)競技場(観衆3,500人発表)大会で突如として小林が2度目の海外修行に出発する前に保持していたUSAヘビー級王座が1年半ぶりに復活、小林がジャイと王座決定戦を行っています。(小林が王者で防衛戦を行なったとする文献もあり)
1本目は15分20秒、小林が体固め、2本目は4分36秒、ジャイが体固め、決勝の3本目は7分38秒、小林が体固めでフォール勝ち、小林が王座獲得していますが、結局この試合を最後にUSAヘビー級王座はいつの間にか自然消滅してしまいました。何故この時期にUSAヘビー級王座が復活したかは不明ですが、おそらくプロモーターから「タイトルマッチをやってくれ」と要望があり場当たり的に復活させたと思います。
セミファイナルは杉山&木村&浜口組のトリオがイヤウケア&Dミラー&Lマスク組と対戦、1本目は16分48秒、ミラーが杉山を体固め、2本目は11分40秒、杉山がミラーを体固め、決勝の3本目は45分時間切れとなり1−1の引き分けとなっています。
寺西とアベンジャーのシングルマッチは16分25秒、地獄固めでアベンジャーの勝利。オーティスは珍を14分50秒逆さ押さえ込みで丸め込みフォール勝ち、大剛とベレッツのシングルマッチは15分57秒、体固めでベレッツに軍配が上がっています。
1月17日、三重県四日市市体育館(テレビ収録、観衆3,000人発表)大会、メインイベントで小林はイヤウケアとIWA世界ヘビー級王座防衛戦を行いました。イヤウケアは日本プロレスで力道山(60年11月16日、東京体育館)、馬場(68年1月7日、大阪府立体育会館)と2度に亘りインターナショナル王座に挑戦している強豪になります。
1本目は12分18秒、イヤウケアが体固め、2本目は4分12秒、小林が反則勝ち、決勝の3本目は3分50秒、両者リングアウトとなり、1−1の引き分けで小林が9度目の王座防衛を果たしましたが1フォール、ギブアップも奪えない屈辱的防衛でした。収まりがつかない両者は1月27日、横浜文化体育館で金網デスマッチにてベルトを賭けた再戦で決着をつけることになりました。
セミファイナルは外国人相手にも善戦健闘していたベテランの珍が抜擢され杉山とタッグを結成、ベレッツ&オーティス組と対戦しました。1本目は12分55秒、オーティスが珍を体固め、2本目は55秒、杉山がベレッツから速攻の体固め、決勝の3本目は7分11秒、珍がオーティスから体固めで決勝フォールを奪い、2−1で杉山&珍組が勝利を飾っています。
木村とジャイのシングルマッチは16分17秒、逆エビ固めで木村の勝ち、寺西はDミラーとシングルマッチで対戦しましたが15分48秒、体固めでフォール負け、浜口とLマスクのシングルマッチは9分32秒、体固めでマスクが浜口を降しました。大剛とアベンジャーのシングルマッチは16分48秒、大剛が回転エビ固めで丸め込んで勝ち星を挙げ、1月6日、島原大会で負けた借りを返しました。
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