ストロング小林のAWAテリトリーにおける武者修行の後半戦の激闘を振り返りました。
1971年
3月3日、ウイスコンシン州オシュコシュ ○ビリー・レッド・クラウド
3月6日、イリノイ州シカゴ ○クラウド
3月7日、ミネソタ州ミネアポリス ●レッド・バスチェン&ポール・ダイヤモンドvs小林&ビッグK
3月8日、イリノイ州モリーン ○クラッシャー・リソワスキー
3月12日、イリノイ州アムボイ (勝敗不明) バスチェン
3月15日、カナダ・マニトバ州ウィニペグ ●ブル・バリンスキー(反則負け)
3月20日、シカゴ ○ポール・クリスティー
3月25日、ウイスコンシン州シボイガン ○Pクリスティー
3月27日、イリノイ州ロックフォード ○アンジェロ・ポッフォ
4月3日、ミネソタ州セントポール ○ビリー・クリスティー
4月6日、イリノイ州モリーン ●ポール・ダイヤモンド
4月7日、ウイスコンシン州ミルウォーキー ○ブル・バリンスキー
4月10日、シカゴ ●バーン・ガニア(反則負け、AWA世界ヘビー級王座挑戦、3本勝負)
4月13日、ミネソタ州ダルース ▲ニック・ボックウィンクル(両者反則)
4月14日、ロックフォード ○ジョー・スカルペロ
4月16日、コロラド州デンバー ●ガニア(反則負け、AWA世界ヘビー級王座挑戦)
4月24日、シカゴ ○ディック・ザ・ブルーザー(リングアウト勝ち)
4月25日、ウイスコンシン州グリーンベイ ●レッド・バスチェン&ヘラクレス・コーテッツvs小林&ビッグK(AWA世界タッグ王座挑戦、3本勝負)
4月27日、カナダ・マニトバ州ウィニペグ ●ガニア(試合時間33分、AWA世界ヘビー級王座挑戦、3本勝負)
4月30日、ミルウォーキー ○ガニア(反則勝ち、AWA世界ヘビー級王座挑戦、ルールによりタイトル移動なし)
5月2日、ダルース ○クラッシャー・リソワスキー(リングアウト勝ち)
5月3日、モリーン ○ビル・ハワード
5月8日、ミネアポリス ○バスチェン&コーテッツvs小林&ビッグK(反則勝ち、AWA世界タッグ王座挑戦、ルールによりタイトル移動なし)
5月14日、ウィニペグ ●ジン・キニスキー(反則負け)
5月18日、ノースダコタ州ビスマルク ●バスチェン&コーテッツvs小林&ビッグK(AWA世界タッグ王座挑戦)
5月19日、モリーン ○クラッシャー(リングアウト勝ち)
5月22日、ミネアポリス ●ガニア(試合時間33分、AWA世界ヘビー級王座挑戦)
5月27日、カナダ・ケベック州モントリオール (勝敗不明)エドワード・カーペンティア
5月28日、デンバー ●コーテッツ(3本勝負)
5月29日、ダルース ●コーテッツ(3本勝負)
6月4日、シカゴ ●ブルーザー(敗者国外追放マッチ)
6月5日、ミルウォーキー ○バリンスキー(試合時間5分11秒)
6月11日、ウィニペグ ●クラッシャー(試合時間13分、デスマッチ)
6月14日、アイオワ州ダーベンポート ●クラッシャー(デスマッチ)
6月19日、ミネアポリス ●ビル・ロビンソン
ガニアが小林を高く買っていたのは事実で、この時のサーキットでAWA世界ヘビー級王座への挑戦が判明しているだけで5回。(フルスイングマガジン「怒濤の怪力ストロング小林・追悼版」の本人インタビューでは7回)一度は反則勝ちを与えています。
いずれにしても扱いは良く、馬場は別格としても同一地区ではないので一概には決めつけられませんが猪木よりは上の扱いだったと思います。
6月4日にシカゴでブルーザーとの「ルーザー・リーブUSA」マッチに敗れ国外追放が決定しましたが、この試合の前に国際プロレスの吉原功社長から帰国命令が出たと思われます。
この記録は欠落もあると思いますが、AWAでの海外武者修行最終戦は6月19日のミネアポリスで、国際プロレスの「第3回IWAワールド・シリーズ」に来日後AWA入りしたロビンソンに敗退しています。
しかし、この6月19日には小林のプロレスラー生活史上、極めて重要なある出来事が起きていることになっています。この件につきましては次回以降、小林遠征中の国際プロレスの出来事を総括しながら検証していくことに致します。
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