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2021年08月20日05:57

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ジャンボ鶴田怪物伝説(852)

風邪と右手首のガングリオンを理由に2月20日、後楽園ホールで開幕の「エキサイト・シリーズ」を欠場していた長州力は婚約者であった河野英子さんと共に長野県の伊香保温泉に雲隠れしていたことは前に書いた通りです。当時、週刊ファイトに所属していた金沢克彦記者は伝手を頼って情報収集し、長州の居場所を突き止めることに成功。

他紙(誌)に先駆けてのスクープのチャンスでしたが、金沢は長州との「このことは書かないで欲しい。書かないでくれたらお前にはその分のことは返してやる。絶対に悪いようにはしないから。」という男と男の約束を守ってこの時は記事にせず。後に金沢が週刊ファイトから週刊ゴングに移籍して編集長になった時に新日本プロレスの現場監督になった長州の談話をほぼ独占することで、長州も金沢の気持ちに応えています。

さて、話は遡り、「創立15周年記念新春ジャイアント・シリーズ」2月5日の札幌中島体育センター大会の前後の北海道巡業中に馬場は鶴田、天龍を交えて長州、谷津嘉章の4人を集めて話し合いの場を持ち、「これからはお前達4人が全日本を支えて欲しい」と持ち掛け、懐柔策に出ました。

馬場はジャパンプロレスの竹田勝志会長と大塚直樹取締役との「長州とは直接交渉しない」の約束を破って長州と谷津に全日本プロレスとの直接契約を結ぶことを要求してきました。1月中に大塚が長州と共に猪木を初め新日本プロレスと接触し、話し合いを持っていたことは馬場の知るところとなり、竹田・大塚には不快感を示していたところからジャパンはもう信用出来ないとして、ジャパン選手会長で全日本とジャパンのキーマンである永源遙を仲介役として共に長州と谷津を押さえにかかりました。

また日本テレビも全日本プロレスの社長だった松根光雄を動かし、馬場の知らないところで長州を日本テレビとの契約を結び、契約選手として全日本に派遣するという形で引きとめようとしていました。

その一方で「創立15周年新春ジャイアント・シリーズ」終了後のシリーズオフに長州は谷津を伴って新日本プロレスの倍賞鉄夫取締役を通じて猪木と再び会い、猪木から「お前らが帰ってくるなら1億円を出してもいい」と条件呈示されました。

長州は確かに全日本プロレスには良くしてもらっていましたが、2年超に及ぶ全日本対ジャパンの軍団抗争や対外国人選手で闘いに限界を感じていただけでなく、独立が出来ない以上、このままではジャパンプロレスは全日本プロレスによって取り込まれる。また新日本プロレスに戻ることはジャパンの加藤一良次長よりもマサ齋藤が熱心に勧めていました。

アメリカンナイズされた感覚のM齋藤はビジネスと割り切っていましたし、全日本プロレスに参戦したのは85年1月の「激突!オールスター・ウォーズ」後半戦、5月のジャパン自主興行シリーズ「ビッグ・ラリアート・フェスティバル」から続いての「激震!サンダー・ウォーズ」序盤戦だけで未練はなく、馬場よりもウイスコンシン州の刑務所に収監されていた時に手紙をくれた猪木への思いが上回っていました。

長州自身もプライベートな事情でお金に困っていたこともあって呈示された1億円にも魅力がある。長州はジャパンプロレスを捨てて選手達だけで新日本プロレスに戻ろうと谷津を説得したものの、谷津は返答しませんでした。ただ、長州としても全日本プロレス側からの金額の条件が呈示されるのを待っていたのも事実で両天秤にかけていた節がありました。

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