前々回の日記でAWA世界ヘビー級王者スタン・ハンセンは86年「サマー・アクション・シリーズ」開幕前に、6月29日、コロラド州デンバーでのニック・ボックウィンクルとのタイトルマッチを、前日のクラッシャー・ブラックウェルとの試合デでの負傷を理由にキャンセル。AWAのオーナーであるバーン・ガニアとの会談が物別れに終わり、タイトルを剥奪され、ニックが王座決定戦を行うことなく、新王者に認定されましたが、
ハンセンはベルトを持って来日、「俺が王者だ」と主張、馬場はハンセンの言葉を信じて7月26日、金沢・石川県産業展示館での天龍戦(両者リングアウト)、7月31日、両国国技館での鶴田戦(インターナショナル・ヘビー級王座とのダブル・タイトル戦、ハンセンが勝って二冠王者に)と防衛戦を開催、ハンセンは帰国後、AWA世界ヘビー級王座を返上した、と書きました。全日本プロレスと専属契約を結んでいたハンセンは全日本のスケジュールを最優先させたのでやむを得ない措置でしたが、AWAにとっても、観客動員増加を狙ってのハンセン投入だったことは興行会社である以上当然の目論見であり、ホームを離れて日本に行ってしまう王者が必要だったかと言えば、そうではないと思います。
では、ハンセンはAWA世界ヘビー級王者としてAWA地区でどのような闘いを展開していたのか、検証してみたいと思います。
ハンセンは前85年12月29日、ニュージャージー州イースト・ルーサーフォード・メドーランズ地区ブレンダン・バーンアリーナでリック・マーテルを「コーナーマットに頭を着けた逆エビ固め」でギブアップさせ王座を獲得、翌86年1月よりAWAのサーキットに入りました。
以後は86年1月からのハンセンの試合記録です。
1月10日、イリノイ州シカゴ・ローズモント・ホライズン ●vsサージェント・スローター タイトル戦、反則負け防衛。
1月11日、イリノイ州ロックフォード(TVテーピング) ○vsチャック・グリーンレー ○vsマイク・リチャード(2試合)
1月12日、ミネソタ州セントポール・シビックセンター●vsスローター タイトル戦、反則負け防衛。
1月16日、カナダ・マニトバ州ウィニペグ ○vsリック・マーテル タイトル戦。
1月17日、コロラド州デンバー ●vsジェリー・(クラッシャー)ブラックウェル タイトル戦、反則負け防衛。
1月18日、ニューメキシコ州アルバカーキ ●vsブラックウェル タイトル戦、反則負け防衛。
1月24日、ウイスコンシン州スティーブンス(TVテーピング)○vsスパイク・ジョーンズ タイトル戦。○vsクリス・カーティス。
1月25日、ウイスコンシン州ミルウォーキー ▲vsスローター タイトル戦、ノーコンテスト。
1月31日、イリノイvsロックフォード ○vsレオン・ホワイト(後のビッグバン・ベイダー) タイトル戦。
2月1日、ウイスコンシン州オシュコシュ(TVテーピング)○vsカート・ヘニング タイトル戦。
2月2日、イリノイ州ヴィラ・パーク ○vsブラックウェル タイトル戦。
2月3日、ユタ州ソルトレイクシティ・ソルトパレス ○vsデビッド・サンマルチノ タイトル戦。
2月9日、ミネソタ州セントポール・シビックセンター ○vsスローター タイトル戦。
2月14日、コロラド州デンバー ●vsブラックウェル タイトル戦、反則負け防衛。
2月15日、イリノイ州ロックフォード ○vsホワイト タイトル戦。
2月16日、ウイスコンシン州ミルウォーキー ○vsホワイト タイトル戦。
2月20日、メリーランド州ボルチモア ●vsスローター タイトル戦、反則負け防衛。
2月23日、イリノイ州シカゴ・ローズモント・ホライズン ▲vsスローター タイトル戦、ノーコンテスト。
2月24日、ニュージャージー州イースト・ルーサーフォード・メドーランズ地区ブレンダン・バーンアリーナ ▲vsスローター タイトル戦、両者リングアウト。
3月1日、イリノイ州ロックフォード ○vsホワイト タイトル戦。
3月2日、ウイスコンシン州グリーンベイ・ブラウン・カウンティ・アリーナ ○vsホワイト タイトル戦。
3月9日、ミネソタ州セントポール・シビックセンター ●vsスローター タイトル戦、リングアウト負け防衛。
3月13日、ネバダ州ラスベガス(TVテーピング) ○vsホワイト タイトル戦。
3月15日、ユタ州ソルトレイクシティ・ソルトパレス ▲vsスローター タイトル戦、ノーコンテスト。
3月16日、コロラド州デンバー ●vsブラックウェル ノンタイトル戦? 負け。
3月22日、インディアナ州ハモンド(TVテーピング) ○vsアースクウェイク・フェリス ○vsフランキー・ディファルコ。
3月23日、イリノイ州シカゴ・ローズモント・ホライズン ○vsマーテル タイトル戦。
マーテル戦の後、ハンセンは全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバル」に来日。日本でのタイトル戦は
3月29日、東京・後楽園ホール ▲vs鶴田 (AWA世界ヘビー級、PWFヘビー級、インターナショナル・ヘビー級トリプル・タイトル戦)両者リングアウト。
4月5日、神奈川・横浜文化体育館 ●vs長州力(AWA世界ヘビー級、PWFヘビー級ダブル・タイトル戦)反則負け防衛、PWFのみ移動。
4月19日、神戸市兵庫県立文化体育館 ▲vs鶴田(AWA世界ヘビー級、インターナショナル・ヘビー級ダブル・タイトル戦)両者リングアウト。
そして、既報の通り神戸大会終了後、ハンセンは日本でのツアー中にも関わらず、飛行機移動し4月20日(日本時間21日)AWAのビッグマッチ「レッスルロック」に出場という強行軍を敢行。
4月20日、ミネソタ州ミネアポリス・ハーバード・ハンフリー・メトロドーム ●vsニック タイトル戦、反則負け防衛。
すぐさま日本へUターンしたハンセンは4月23日、町田駅前広場特設リングから戦列復帰、シリーズ最終戦には再び長州とのダブルタイトルマッチをこなします。
4月26日、埼玉・大宮スケートセンター ▲vs長州(AWA世界ヘビー級、PWFヘビー級ダブル・タイトル戦)
「チャンピオン・カーニバル」より帰国した後のハンセンの激闘の模様は次回お伝え致します。
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