第138戦 6月10日発売号●【予想】ミッドアトランティック地区直輸入の黄金カードが2回も実現し、メインを飾る。リッキー・スティムボートvsジミー・スヌーカ(81年全日本プロレス秋田・横手市平鹿広域体育館)【正解】40人近くが入り乱れ「密」状態になった全日本プロレス(85年全日本プロレス和歌山県立体育館)【参考】2015年6月10日発売号は元国際プロレス代表、吉原功氏死去(85年埼玉県大宮市、現さいたま市大宮区)
【解説】81年5月22日、川崎市体育館で開幕した全日本プロレス「スーパー・パワー・シリーズ」はアブドーラ・ザ・ブッチャー、タイガー戸口が離脱して初のシリーズで、天龍が3度に亘る海外武者修行から概説帰国した他、先の「インター・チャンピオン・シリーズ」を前にインターナショナル・ヘビー級王座を返上、国際プロレスから契約更改されなかった大木金太郎も日本陣営から参加。
外国人選手は「アラビアの怪人」ザ・シークがフル参戦、リッキー・スティムボート、ジミー・スヌーカ、ザ・デストロイヤー、ケビン&デビッドのフォン・エリック兄弟、新日本プロレスの78年「第1回MSGシリーズ」に来日し、全日本プロレス初参戦となったバグジー・マグロー、カール・フォン・スタイガーが参戦。
ミシガン州デトロイトのプロモーター兼トップレスラーだったシークは2週間以上の長期シリーズに参戦することはこれまでありませんでしたが、前80年に主宰していた「ビッグタイム・レスリング」をクローズし、プロモーター兼業でなくなり、3週間の同シリーズにフル参戦が可能になりました。
一方で、リッキーとノースカロライナ州を中心としたミッドアトランティック地区でライバル関係にあった「スーパーフライ」スヌーカが一緒に来日、スヌーカは71年9月の日本プロレス「第2回NWAタッグ・リーグ戦」にインディアン・ギミックのグレート・スヌーカのリングネームでスニー・ワー・クラウドとのタッグでエントリー。
全日本プロレスには74年11月の「NWAワールド・チャンピオン・シリーズ」にやはりグレート・スヌーカとして来日しましたが中堅のポジションでした。ノースカロライナ地区に転戦し空中殺法を駆使するスタイルに変貌してからはトップスター選手に躍進しています。
馬場は「脱・ブッチャー路線」ということで全日本のリングに新風を吹き込むべく、リッキーvsスヌーカのミッドアトランティック地区の黄金カードのシングルマッチを6月3日、札幌中島体育センターでのテレビ収録マッチのセミファイナルで組み、ジャンプしてのアームドラッグの応酬やスヌーカの背中を向けた状態でのリープフロッグからのカンフーチョップ、リッキーも負けじとカンフーチョップで反撃と、メキシカンとは違った重厚感のあるダイナミックな空中殺法の応酬でファンを魅了。マスコミからも高い評価を受けました。
札幌ではエキサイトしたリッキーがスヌーカをコーナーに逆さ吊りにしてチョップ、ストンピングと痛めつけ、制止に入ったレフェリーにもチョップを浴びせてしまい、20分28秒にリッキーの反則負け。
この対戦を見て気に入った馬場は翌週の6月10日、秋田県横手市平鹿広域体育館でのテレビ収録マッチのメインイベントにリッキーvsスヌーカの再戦を持って来ました。
横手大会では結果は逆になり、ロープに宙吊りになったリッキーをスヌーカが椅子で攻撃を加え、20分12秒、スヌーカの反則負けとなり、このシリーズの両者の対戦成績は1反則勝ち1反則負けの互角に終わりました。
スヌーカはこの年10月の「ジャイアント・シリーズ」と11月の「世界最強タッグ決定リーグ戦」にブルーザー・ブロディのパートナーとして参戦し計3回来日しましたがこの時が一番動きが良かったと思います。
スヌーカは翌82年4月にはWWFと契約し、ブロディと仲間割れした後はハーリー・レイスと組んで世界最強タッグ決定リーグ戦にエントリーされたもののWWFのスケジュールを優先させ来日をキャンセル。しかし前81年よりは肉がついて切れが悪くなってしまった感じでした。
85年5月にWWFルートで新日本プロレスに来日した時は体型もさらに大きくなっており、空中殺法は使っていましたがどちらかと言えばパワーファイターになっていた印象を受けました。
85年の全日本プロレスは1月2日、後楽園ホールで開幕した「激突!オールスター・ウォーズ」から長州力率いるジャパンプロレス勢がフル参戦、ラッシャー木村、鶴見五郎、剛竜馬らの国際血盟軍に外国人メンバーを入れると1興行の出場選手が常時40人前後となりました。
20年に世界を恐怖のドン底に陥れた新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために「3密(密閉、密接、密集)を避けよう」と言う指針が国土交通省、厚生労働省から出されましたが、それに流さんが便乗したかどうかわかりませんが、35年前のジャパンプロレス勢が参戦していた85年の全日本プロレスのリングは「密」状態であった、という内容のコラムでした。
当時の週プロの熱戦譜が掲載されていましたが、この日の「激震!サンダー・ウォーズ」和歌山大会は全11試合が組まれ、出場選手は計38人。メインイベントは鶴田&天龍&石川敬士組vs長州力&谷津嘉章&寺西勇組で11分3秒、天龍が寺西をパワーボムからのエビ固めでフォールしており、セミファイナルは2度目の来日となったアニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズが馬場&ハル薗田(マスクマンのマジック・ドラゴンとして試合をしていたが、このシリーズの6月5日、愛知県体育館でジャパンの小林邦昭とマスカラ・コントラ・カベジェラ=敗者覆面剥ぎ、髪切りマッチで敗れ素顔となる)組と対戦、2分25秒にホークが薗田をフライング・ラリアットからの体固めに降しています。
全日本プロレスのリングがこの状態なのは1月からずーっとであり、この日に何か特別なトピックスがあった訳でもなく、普通のノーテレビの地方大会であり、何もわざわざこの日の出来事として採り上げる材料でもないと、私は思います。
※対戦成績は138戦29勝109敗。勝率210。
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