ガイアジャパンは01年は横浜文化体育館での興行開催はなし。例年4月の旗揚げ月に開催されていた周年記念興行は4月29日、川崎市体育館で行われ、メインイベントで里村明衣子に敗れた北斗晶がオーバーホールを理由に無期限の休養宣言。この日、長与千種は尾崎魔弓に敗れ、AAAWシングル王座から転落。
この年は年末の12月15日にも川崎市体育館でビッグマッチが開催されており、横浜文体とはやや縁遠くなってしまった感はありました。
ガイアのリング上は北斗が休養に入ったことで尾崎率いる「D−FIX」がヒールユニットとして活躍、ハードコアスタイルに変貌を遂げたKAORUもD−FIX入りしています。
02年は4月7日に横浜文体大会「LIMIT BREAK」を開催(観衆6,200人超満員発表)、前年より休養していた北斗が引退試合を行っています。北斗は98年に長男・健之介を出産、子育てとリングを両立、日本初のママさんレスラーとして活躍していましたが、親友だったママ友が若くして亡くなったことから家庭を優先させるべく引退を決意。
引退試合はヒールとしてではなく、デンジャラス・クイーンとして前01年12月15日、川崎市体育館でついにアジャ・コング超えを果たしてAAAWシングル王者となっていた里村とタッグを組み、メインイベントで長与&アルシオンをこの年の1月に退団していたフリーの浜田文子組と対戦。
浜田はご存知、「小さな巨人」グラン浜田の四女として81年2月14日にメキシコで生まれ、姉のソチ浜田もレスラー。父の英才教育を受け、98年に旗揚げしたアルシオンに入門、8月9日、後楽園ホールでデビュー。団体を背負うエースでしたがアルシオンの経営悪化により退団、フリーとしてガイアのリングに戦場を移しました。
試合は22分21秒、北斗がノーザンライト・ボムからの体固めで浜田からフォール勝ちを収め、引退試合を自らの手で勝利で飾ってみせました。セレモニーでは夫の佐々木健介、長男健之介君もリングに上がり東京ドームに鳴り響いた「オロ・デ・レイ」(ルイス・ミゲル)がかかり、感動的なフィナーレを迎えています。
引退後は家庭に収まるはずでしたが、健介がこの年の10月に新日本プロレスに辞表を提出、WJ旗揚げに参加したものの1年持たず団体が崩壊した為、リング外で健介をサポート、タレントとして「鬼嫁」キャラで大活躍することになります。
セミファイナルはAAAWタッグ選手権試合、D−FIX対決、王者チーム、シュガー佐藤&永島千佳世組に尾崎&KAORU組が挑戦、ヒールターンする前から一期生でも分厚い身体をしていたS佐藤には分が悪かったKAORUが巧みに凶器を使い、尾崎のセコンドであるポリスのアシストもあり、22分1秒、エクスカリバーからの片エビ固めでS佐藤をフォール。ベルト移動で新王者チームになっています。
かつて全日本女子プロレスとJWPのエースとして「赤いベルト」WWWA世界シングル王座を賭けて対抗戦の頂上対決でシノギを削ったアジャとダイナマイト・関西がシングルで対戦。この両者のシングルマッチがセミ前で組まれてしまうあたり、時の流れを感じずにはいられませんが、試合は大味な展開で12分21秒、アジャが裏拳からの片エビ固めで関西を降しました。
ライオネス飛鳥とタッグを組んだのは「クラッシュ・ジュニア」プロジェクトによる新人募集に応募し、前01年12月15日に川崎市体育館でデビューした、総合格闘技がベースの桜井亜矢。ガイア入門前、既に女子総合格闘技、スマックガールのリングに上がっていた実績を持つ桜井でしたが、この日は下田美馬&三田英津子組のラス・カチョーラス・オリエンタレスと対戦、13分6秒、イスによる脳天攻撃の前に下田に片エビ固めでフォール負けを喫しました。
なかなか新人が育たないガイアにとっては期待の新星だった桜井ですが、元々総合格闘技志向が強く、ガイアの乱入や凶器による反則のプロレスが性に合わなかったと見られ、この興行のすぐ後に退団しています。
広田さくらがこの日は一日限りのヒール(?)広田悪良に変身、大阪プロレスのポリス・ウ〜メンと対戦しましたが、9分15秒、エビ固めに敗れています。
第1試合はデビル雅美&植松寿絵組が山田敏代&JWPを退団してフリーになっていたOZアカデミーのカルロス天野(理恵子)組と対戦、11分7秒、デビルが植松との合体式ギロチンドロップからの体固めで山田をフォール。デビル&植松組が勝っております。
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