ジャパン女子プロレスが分裂して出来たもうひとつの後継団体、LLPW(レディース・レジェンド・プロレスリング)。JWPが「PURE−HEART PURE−WRESTLING」を売りにしていたのに対し、LLPWは「女子プロレス最強の男」神取忍がエースとして君臨していた為に、ハード路線と場末のスナックのような水商売的プロレスの匂いがし、人気面ではJWPに劣後したものの、年齢層やや高めの男性ファンを中心に固定客を確実に増やしていきました。
旗揚げ興行はJWPから遅れること約5か月後の92年8月29日、後楽園ホールで行われ、メインイベントは神取と社長である風間ルミとのシングルマッチが組まれ、ウェディングドレス姿のコスチュームで入場してきた風間は「プロレスと結婚します」とコメントし、当時の男女併せたプロレス団体の中で唯一の女性社長としての覚悟を見せつけましたが、試合は神取の勝利に終わっています。
神取、風間以外には立野記代、イーグル沢井、ハーレー斉藤、遠藤美月、半田美希、穂積詩子、紅夜叉、斉藤緑(キャロル美鳥)、長嶋美智子、レオ北村、二上美紀子、ジェンヌゆかり、大向美智子らのメンバーが参加。
93年4月2日、全女横浜アリーナでおこなれたオールスター戦のセミファイナルで神取と全女の北斗晶のシングルマッチが実現。壮絶な喧嘩マッチとなり30分7秒、顎へのパンチからの体固めで北斗が勝っていますが、神取の強さもファンに再認識され、敗れた神取も評価が上がり、LLPWには追い風になりました。また天龍源一郎のWARと提携。WARのリングで提供試合を定期的に行いました。
LLPW初のビッグマッチは93年11月9日、駒沢オリンピック公園体育館で開催され、メインイベントでは風間が全女北斗と敗者髪切りマッチで対戦、スリーパーホールドの前にレフェリーストップ負けを喫し、試合後、バリカンで黒髪をバッサリ切り落とし、坊主頭に。セミファイナルでは神取&穂積組が全女ブル中野&井上貴子組と対戦、神取が貴子をワキ固めでギブアップさせました。
翌94年7月14日には東京体育館に初進出、8,800人満員の観客を動員しました。メインは神取とブルがチェーンデスマッチで対戦しましたが、20分58秒、ブルがチェーンを利してのコーナーポスト最上段からのギロチンドロップでKO勝ち。セミファイナルではイーグルがFMW女子のコンバット豊田と対戦、コンバットドライバーにフォール負け、エース級が2人敗れてしまいました。
95年7月18日、駒沢オリンピック公園体育館では女子プロレスでは初のアルティメット大会「L1」が開催され、決勝で神取がグンダレンコ・スベトラーナ(FMWにグンダレンコ・テレチコワとして参戦)に敗れました。
LLPW初の横浜文化体育館大会は98年9月15日、「禁断の果実〜無限の可能性〜」(観衆2,727人発表)大会。
メインイベントではLLPW認定シングル選手権試合、神取にキャロル美鳥が挑戦。15分11秒、ライガーボムからのエビ固めで神取が実力差を見せつけて完勝で王座防衛。
セミファイナルはLLPW認定6人タッグ王者チーム、風間&ハーレー&紅組とLLPW、FMW、Jd’の3団体を又にかけて悪の限りをつくしていた世界6人タッグ王者チーム、イーグル&ライオネス飛鳥&シャーク土屋組の「平成最凶猛毒GUREN隊」によるダブル・タイトルマッチ。
平成最凶猛毒GUREN隊の反則攻撃の前にLL正規軍は大苦戦、16分29秒、イーグルのイーグルキャノン・ボムからの片エビ固めに紅がマットに沈み、平成最凶猛毒GUREN隊がLLPW認定6人タッグ王座も強奪、二冠王者チームとなりました。
1か月前の98年8月16日、後楽園ホールでデビューしたばかりのジャパン女子系では神取以来となる柔道出身の期待の新人、八木淳子はこの日セミ前でハーレーとのシングルマッチに抜擢されましたが、7分37秒、ハーレーのタイガー・スープレックスホールドの前に完敗しました。
LLPW正規軍と平成最凶猛毒GUREN隊、青野敬子&佐藤めぐみ組vsクラッシャー前泊&沖野小百合組は19分13秒、沖野が新人の佐藤を変形クロスアーム式スープレックスホールドでフォールしています。
LLPWは以後は風間→神取→遠藤と社長が代わり、団体名もLLPW−Xに名称変更。プロレス専門誌やネット媒体、スポーツ紙に日程、試合結果が出ていないので活動しているのか?と心配になりますが、現在は神取が社長となり、他のプロレス団体やプロレスイベントに選手を参加させている他、試合場所や試合結果を媒体に公表しない、企業向けのクローズ興行を中心に活動しています。
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