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2020年11月02日22:40

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ありがとう!横浜文化体育館(55)

68年に日本女子プロレスから分裂して創立された全日本女子プロレスは、70年に日本女子プロレスが活動休止してからしばらくは女子プロレスを独占市場化していました。

74年9月に国際プロレスが東京12チャンネルのレギュラー放送開始に合わせて日本女子プロレス、東洋興業女子プロレスの所属だった小畑千代、佐倉輝美、千草京子の3選手で国際プロレス女子部を創設しましたが、テレビ収録のある会場が主体で、国際プロレスとは別部隊でした。(女子外国人選手の渡航費を含めたギャラは国際が出してはいたが…)女子部も76年4月には廃止。

78年に全日本女子プロレスのコーチ、レフェリーをしていた清美川が退団して新団体「ワールド女子プロレス」旗揚げを画策しましたが頓挫、しかし清美川は諦めず翌79年には「ニューワールド女子プロレス」を旗揚げ、全女を引退していた阿蘇しのぶ、新人のヤマト茜らが参戦、ファビュラス・ムーラ等外国人選手を招聘して旗揚げ興行を行いましたが1シリーズのみで活動停止。私も旗揚げシリーズを行ったことは知ってはいますが、専門誌には掲載されず、どんな内容の興行だったかはわかりません。

長らく独占状態だった日本女子プロレス界に第2団体が出来たのが86年8月17日、後楽園ホールで旗揚げしたジャパン女子プロレス。大手芸能プロダクション「ボンド企画」とタイアップ、秋元康をコーディネーターとして「女子プロレスのおニャン子クラブ」、「女子プロレスのベルサイユのばら」をモチーフとして旗揚げしています。代表取締役には椎名勝英が就任しましたが直ぐに2代目社長の持丸常吉に交代。

旗揚げメンバーは全女を退団したジャッキー佐藤、ナンシー久美に加え、女子柔道からプロレス入りした神取しのぶ(忍)、シュートボクシングから転向した風間ルミが4強としてトップグループに位置し、1期生にはミスA(ダイナマイト関西)、キューティー鈴木、尾崎魔弓、スコルピオン、ダーティ大和、オスカル智、プラム麻里子、ジェンヌゆかり等のメンバーが参加しています。

新人のコーチに関しては新日本プロレスの山本小鉄に依頼。そのルートから新日本プロレスとは設立当初からパイプがあり、旗揚げ興行には猪木がゲストとして来場、また、提携していたボンド企画所属だった本田美奈子、少女隊がゲスト出演しています。

寄せ集め世帯の悲しさか、リング内外での信頼関係は保たれず、87年7月18日、大和市車体工業体育館で行われたジャッキーと神取のシングルマッチでは神取がジャッキーにシュートマッチを仕掛け、顔面パンチで戦意喪失させ腕絡みで神取が勝ちましたが、後味の悪さが残りました。試合後、ジャッキーは2度目の引退をしています。

ユニバーサルの項でも書きましたが,人気回復のテコ入れ手段として、88年12月3日、後楽園ホールではジャパン女子のコーチをしていたグラン浜田と85年1月に全日本プロレスを引退していた大仁田厚が女子プロレスのリングで対戦、浜田が勝っていますが、所属レスラー、ジャパン女子を応援しているファンの拒否反応は凄まじく、描いていた男女混合団体化のプランは消失。91年、団体の方向性と処遇に不満を抱いた半田美希、穂積詩子らが退団、ジャパン女子の舵取りは難しくなりました。

92年1月26日、熊谷市民体育館で興行活動休止と団体の解散を発表、全女引退後、ジャパン女子で復帰したデビル雅美、ミスA改めダイナマイト関西、キューティー、尾崎、プラム、コマンド・ボリショイ(ボリショイ・キッド)、福岡晶らが中心となり、ジャパン女子のリングアナウンサーをしていた山本雅俊、同社広報だった篠崎清が複数代表取締役となった「JWP」、風間が代表取締役となり神取、イーグル沢井、ハーレー(ハレー)斉藤、半田、穂積、全女を引退してジャパン女子で復帰の立野記代らのメンバーで結成された「LLPW」の2派に分裂、女子プロレスも多団体時代が到来しました。

JWPは92年4月3日、後楽園ホールで旗揚げ。「PURE HEART PURE WRESTLING」をコンセプトにアイドルレスラー、キューティーがいたことで男性ファンの心を掴み、同年11月には老舗全女との対抗戦も実現させました。93年4月2日には横浜アリーナで全女、JWP、LLPW、FMW4団体参加の女子プロレスオールスター戦が開催されました。

93年6月にはBS放送WOWOWで月1回のレギュラー放送が開始され、番組のオープニングテーマ局には大黒摩季の「DA・DA・DA」が使用されるなどWOWOW側の期待も大で、前田日明のリングスと併せてプロレス・格闘技の2大コンテンツとして注目を集め、人気面でLLPWを凌駕しました。

JWP初の横浜文化体育館大会はオールスター戦から約4か月後の93年7月31日、「THUNDER QUEEN BATTLE IN横浜」(テレビ収録、観衆5,500人超満員発表)として開催され、全女の選手をJWPのリングに招いての対抗戦が組まれました。

メインイベントは「ニュー・ディメンション8クイーンズ60」と題した8人タッグ変則ルール、60分間に多くフォール、ギブアップを奪ったチームの勝ちとなるルールです。(イリミネーションマッチではない為、負けた選手も最後まで残って闘うアイアンマンマッチ)JWPは関西&尾崎&キューティー&福岡組という最強チーム。全女からはアジャ・コング&井上京子&井上貴子&長谷川咲恵組というこちらも強力な布陣で臨みました。

1本目、ジャパン女子89年デビュー組の福岡が全女89年デビュー組の長谷川を僅か2分33秒、首固めに丸め込んでJWPの先勝。この後、福岡と長谷川は団体は違えど同期として組んだり闘ったりのいいライバル関係を築き上げていきます。

2本目、16分33秒(試合時間はトータルタイム)アジャの裏拳が関西の顔面にマトモにヒットして関西は失神KO負けで全女が返して1−1。立ち上がれない関西でしたがイリミネーションでない為退場とはならず試合続行するもコーナーでダウン、エース関西を欠いたJWPは3対4の苦しい闘いを強いられます。

3本目、23分4秒、アジャがコーナーポスト最上段からのダイビング・エルボードロップからの片エビ固めでキューティーをフォールし、全女が2−1とリード。

4本目、ようやく関西が蘇生、50分9秒、京子をスプラッシュマウンテンでフォールして2−2のタイスコアに戻しました。残り約10分、このままドローかと思いきや、時間切れ5秒前の59分55秒、尾崎がテキーラ・サンライズで貴子から意地の決勝フォールを奪い3−2でJWPが勝ちました。

セミファイナルはサブミッションクイーンVERSUSハイキッククイーン、JWPプラムと全女堀田祐美子の一騎討ち。こちらは実力差があるのは否めず14分17秒、堀田がピラミッド・ドライバーからのエビ固めで完勝しています。

レッスル・クイーンズ・フュージョン、JWPデビル&キャンディー奥津組vs全女みなみ鈴香&伊藤薫組。この中ではキャリアが1人若い奥津が全女組に狙われ、14分28秒、みなみが奥津を肩車し、伊藤がコーナーポスト最上段からのダイビング・ボディアタックを見舞う、ダブルインパクト的連携からのエビ固めで伊藤が奥津をフォール。

唯一、対抗戦でない試合ザ・スクリーン・オブ・トリッキークイーンズ、CボリショイとフリーのインフェルナルKAORU(前田薫、KAORU)のマスクウーマン対決は13分18秒、ムーンサルト・プレスからの体固めでKAORUの勝利。

第1試合の全日本選手権試合、全女沼田三絵美改めぬまっちにJWP外山寿美代が挑戦した一戦は20分時間切れ引き分けでぬまっちが王座防衛。ぬまっちは角刈り風オッサンキャラでしたが、外山も後に同系のキャラ「ざぶろう」に改名する為、同系統同士の対戦と言えました。

対抗戦はJWPの1勝2敗1分と負け越しになりましたが、全女は北斗晶、豊田真奈美、山田敏代、下田美馬、三田英津子等中核選手が出ておらずまだまだこの時点では団体としてはかなりの開きがあったと言えます。
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