85年ジャパンプロレス自主興行シリーズ第3弾、「ニュー・ウェーブ・イン・ジャパン」シリーズ天王山、11月4日、大阪城ホール大会メインイベント、長州力vs鶴田、初のシングル頂上対決は60分時間切れ引き分けに終わりました。
この試合はこの年の東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」年間最高試合賞(ベストバウト)を獲得しますが、一般的な評価としてスタミナ切れの長州に余裕の鶴田、長州は控室に戻るやバッタリと倒れたのに対し、鶴田はマスコミの前でヒンズースクワットをやってから「さぁ、飲みに行くぞ」と余力十分で内容は鶴田の勝ち。この試合以降は長州は鶴田、というか全日本プロレスを悪く言うことはなくなった。事実上、鶴田の勝ちである、という認識が多いです。
また、柳澤健著「1964年のジャイアント馬場」では天龍の発言を用いながら「長州は自分の団体の興行のメインイベンターとして会場に来てくれたお客さんを満足させる為に鶴田の良さを引き出しながら60分闘ってみせた」と長州の試合ぶりを高く評価しています。
柳澤氏の見解はプロレスから「勝負論」がなくなってからのものと言えるでしょう。
鶴田はデビューしたばかりの頃からドリー・ファンク・ジュニアにプロレスの試合運びを学んでいます。ドリーは当時はNWA世界ヘビー級王者であり、「60分フルタイム闘い、そして負けない」70年代のプロレススタイルを構築した選手と言ってよく、ドリーの防衛戦のスタイルはタイプは違えど、その後のNWA世界ヘビー級王者、ハーリー・レイス、ジャック・ブリスコ、実弟のテリー・ファンク、リック・フレアー位まで連綿と受け継がれています。
ドリーは60分フルタイムを闘うことを「10分1本勝負を6回やるようなもの」と定義し10分を1ラウンドとし、それを6回繰り返すような試合をするのが一つの流れとコメント。
しかし、同時にドリーのこの試合スタイルは、大技の「一撃必殺」伝説を崩壊させ、1試合に大技を何発出し合っても試合が決まらないというパラドックスを生じさせる副産物を生み出してしまう訳です。
鶴田は、国内デビューした73年10月以降、レイス、ビル・ロビンソン、キム・ドク(タイガー戸口)、フレアーらと60分フルタイムの試合を数多くこなしており、試合を組み立てるのに慣れていました。また、下積み経験がなく、来日したトップ外国人レスラーの多くは「ババのところのナンバー2のボーイ」として鶴田のいいところを引き出して闘ってくれていた為、鶴田はベテラン達に試合を作ってもらい、互角の試合をしていました。もちろん、鶴田に並外れた体力とセンスがなければそれも出来ないことです。
20代の内に自身の試合スタイルが既に出来上がっていた鶴田。「善戦マン」という仇名を付けられたのもこの時点で試合スタイルが完成されていたからです。
一方の長州は鶴田と同じ72年ミュンヘン五輪アマレス代表から73年12月に新日本プロレス入り。74年8月8日、日大講堂でエル・グレコをサソリ固めで破ってデビューした後、海外修行へ出発。ヨーロッパ、カナダをサーキットし77年2月に2年半の修行を終えて帰国。
新日本プロレスでは長州を「猪木の後継者」とはせずに外国人レスラーの引き立て役、1年後の78年2月に凱旋帰国する藤波辰巳の下のポジションでした。
猪木、坂口、藤波、ストロング小林に次ぐ5番手。78年11月のプレ日本選手権開幕戦で外様のS小林を破って順位が入れ代わり4番目になり、坂口と組んで北米タッグ王座のベルトも手にしましたが、アンドレ・ザ・ジャイアント、タイガー・ジェット・シン、スタン・ハンセン、ローラン・ボック、ハルク・ホーガンら外国人トップには5分前後で完敗しており完全にジョバーとしての扱い。これでは「試合を作る」スキルが長州に身につく余地はありません。
82年10月にメキシコから凱旋帰国し藤波に噛み付いてから「革命戦士」としてようやくメインイベンターの座を手に入れました。ハイスパート・レスリングと言われた試合開始から休む間もなくガンガン攻め続けるファイトスタイルは鶴田とは対象的ですが、これも「受けの達人」藤波に引っ張ってもらってのことだと思います。
これまでの長州のシングルマッチでの最長試合時間は新日本プロレス離脱直前の84年8月2日、蔵前国技館での猪木戦での29分39秒。(グラウンド・コブラツイストでフォール負け)30分以上は未知の領域。新日本プロレスのワールド・リーグ戦、MSGシリーズ、プレ日本選手権、IWGP公式戦でも30分時間切れはありません。
60分フルタイムは鶴田の土俵であり、「両者リングアウトなし」が発表された段階で、時間切れ引き分けは容易に予測された結末。その中で、鶴田より2回り位小さな身体で60分闘った長州は賞賛に値するのではないでしょうか。
鶴田が相手の良さを引き出して60分試合を組み立てられるか?これは答えは「ノー」です。ずっとベテラン達に持ち上げられ続けていた鶴田は対戦相手を「強く見せる」術は持っていません。そこは鶴田は「受けっぷり」がいいとは言えないからでしょう。故に怪物だと言えます。
試合で優勢だったのは確かに鶴田ですが、長州が今までにない引き出しを見せて負けなかったことで、この試合は完全に互角だったというのが私の見解です。
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