85年「激烈!スーパー・パワー・ウォーズ」参加外国人選手のプロフィールです。
エースのスタン・ハンセンは前84年11〜12月の「世界最強タッグ決定リーグ戦」以来3か月3シリーズぶりの来日、ブルーザー・ブロディの新日本プロレス移籍で、82年4月以来、全日本プロレスを席巻していた超獣コンビは解体となりました。
今シリーズは前84年7月31日、蔵前国技館で馬場に奪回されたPWFヘビー級王座を狙っての来日、4月15日、長崎国際体育館での挑戦が決定しており、馬場に引導を渡し、タイトル戦線から撤退させたいところです。
また、これまでブロディ不在時のハンセンの正パートナーを務めていたロン・バスと組んで4月3日、山形県体育館で鶴田&天龍組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦が決定。ハンセン&バス組はこれより2年前の83年4月12日、松山・愛媛県民館で馬場&鶴田組を撃破し同王座を獲得した実績あり。超獣コンビよりは弱体ですが、バスがハンセンを上手くサポートして王座奪取につながった部分が大きく、元王者チームは鶴龍コンビ侮れず、です。
また前回書きましたが、長州力と新日本プロレス時代以来3年3か月ぶりにリング上で再会対決。長州はその無類の打たれ強さから、ハンセンのウエスタン・ラリアットを数多く食らい、倒され続け、血ヘドを吐かされて来ただけに、団体の長として今度は負ける訳にはいかず、ハンセンもまた長州は中堅のイメージしかないだけに返り討ちにしたいところかと思います。
ロン・バスは前84年3〜4月の「グランド・チャンピオン・カーニバルPART�機廾瞥茖映�ぶりの来日。
初来日は77年2月の「エキサイト・シリーズ」。80年9月にはエース格として国際プロレスの「ダイナマイト・シリーズ」に来日、10月11日、越谷市体育館ではラッシャー木村の保持するIWA世界ヘビー級王座に挑戦し敗退。82年8〜9月の「スーパー・パワー・シリーズ」から全日本プロレスに再登場し、ハンセンと「テキサス・ロングライダース」を結成。
ハンセンとのコンビで馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦。82年9月2日、宇都宮・栃木県体育館では負け、83年4月12日、松山では悲願の王座奪取も5日後の4月17日、長崎国際体育館でのリターンマッチに敗れ5日天下に終わっています。84年4月4日、岡山武道館での挑戦では負けており、いずれもバスが取られています。
前述の通り、今シリーズは4月3日の山形で鶴田&天龍組の同王座に挑戦が決定しており、馬場よりは身体の小さく格下の天龍を狙ってアシストに徹し、ハンセンのラリアットを呼び込めば十分にベルト奪取のチャンスはあると思われます。
ハンセン、バスと3人だけとなるフル参戦、「カンザスの猛犬」"ブルドッグ"ボブ・ブラウンはバス同様前84年3〜4月の「グランド・チャンピオン・カーニバルPART�機廾瞥茖映�ぶりの来日。新日本プロレス84年11〜12月、「第5回MSGタッグ・リーグ戦」、1月の「新春黄金シリーズ」に連続参戦したケリー・ブラウンの叔父にあたります。
過去6度の来日はいずれも全日本プロレスで、初来日は73年2月の「ジャイアント・シリーズ結集戦」。以後は中堅どころとして定期的に来日しています。カンザスの前NWA会長、ボブ・ガイゲルの片腕としてブッカーとして手腕を振るっており、どちらかと言うと「馬場のお友達」的な理由から呼ばれています。
ログインしてコメントを確認・投稿する