mixiユーザー(id:21258650)

2020年03月17日22:54

190 view

ジャンボ鶴田怪物伝説(549)

85年2月21日、ジャパンプロレス自主興行「全面対抗戦」が大阪城ホール(観衆12,000人満員発表)でワンナイト興行で行われています。私は当時大学3年生の終わり頃で、この大会がノーテレビとあってメインイベントで行われる長州力vs天龍源一郎の初のシングルマッチが観たくて夜行バスにて遠征に出て生観戦しています。

老朽化した大阪府立体育会館がこの年の大相撲春場所を最後に取り壊しが決まっていましたがまだ2月であり使えなかったことはないと思いますが、かつての「過激なる営業軍団」ジャパンプロレス営業部は1年前の屈辱を晴らすべく、当時で国内最大収容人員を誇っていた多目的ホール、(16,000人収容、88年に最大18,000人収容の横浜アリーナが開館して記録は抜かれる)大阪城ホールで勝負に出ました。

1年前の84年、新日本プロレスを退職した営業部長の大塚直樹はジャパンプロレスの前身である新日本プロレス興行株式会社(以下、新日本興行)を立ち上げました。フロントには加藤一良、元新日本プロレスのレスラーだった伊藤正治ら辣腕営業マンが大塚と共に移籍。新日本プロレスの興行を年間50大会開催することになっていました。

「ビッグ・ファイト・シリーズ第1弾」3月21日に大阪城ホールプロレスこけら落としの開催を発表しましたが、新日本プロレスから提供されたカードは猪木&坂口征二組vsディック・マードック&アドリアン・アドニス組、藤原喜明vs長州、藤波vs谷津嘉章。当時札幌での長州襲撃事件で「テロリスト」として話題を集めた藤原と長州のシングルマッチはあったものの、通常のテレビマッチと同程度のカード、とても日本最大級の会場を満員にするだけのインパクトはありません。

新日本プロレスとしても古参のプロモーター達の手前、新日本興行だけを優遇する訳にもいかずこのような判断となった訳ですが、観客は翌日の東京スポーツで9,500人と一度は発表されましたが、週刊プロレスのプロレス熱戦譜では11,500人に水増して上方修正されました。

それから約1年、新日本プロレスから選手を引き抜いて一大勢力と化したジャパンプロレスは全日本プロレスの協力を得て大阪城ホールでリベンジを図るべく自主興行を開催、長州vs天龍シングル初対決で12,000人とまずまずの観客を集めました。

試合は早いテンポで進み、天龍が長州を逆エビ固めで絞り上げたところ、長州が脚力でこれをクリアし天龍は場外に。長州もこれを追って場外でのリキラリアット、両者エプロンでの攻防となり、天龍を担ぎ上げた長州はエプロンでのバックドロップという危険技に出ました。天龍はリング下でダウンし起き上がれず、9分12秒、長州のリングアウト勝ちとなりました。

ジャパンのナンバー1である長州は全日本第3の男、天龍に自団体主催興行で何としてもかたねばならず、立場の違いが、勝敗を分けたと言えます。

セミファイナルではこちらも初の一騎討ち、キラー・カーンvs馬場の大型対決。馬場はご存知、61年のアメリカマット武者修行で東洋から来た巨人ヒールとしてWWWF発足前のニューヨーク地区で大活躍。Kカーンも80年暮れにWWF入りし、81年5月2日、ニューヨーク州ロチェスターでアンドレ・ザ・ジャイアントの足を折ったとして一躍スターダムに伸し上がった、言わばニューヨークでトップを取った日本人レスラー同士の対戦。

とは言え、同じ新潟県出身(馬場は38年1月23日三条市、Kカーンは47年3月6日吉田町出身)の日本プロレスの先輩後輩であり、Kカーンは馬場に尊敬の念を抱いており、やや気後れした感はありました。馬場が時折り大一番で出す足4の字固めを見せてKカーンのニードロップを封じ込めに出ました。

Kカーンは場外にエスケープすると、リング昇降用の階段を持ち出して馬場に攻撃を加え、止めに入ったレフェリーに手を出して9分20秒、馬場の反則勝ちに終わっています。

セミ前にはこちらもシングル初対戦となる谷津嘉章と鶴田の激突。やはり体力面では鶴田が圧倒。場外で谷津にダブルアーム・スープレックスを見舞い、先にリングに上がり、谷津がカウントギリギリでリング内に戻ろうとエプロンまで昇って来たところをリング内からジャンピング・ニーパット一閃。谷津は場外に落ちて11分23秒、鶴田のリングアウト勝ち。

セミのKカーンvs馬場、セミ前の谷津vs鶴田の2試合に関しては全日本プロレスの師弟コンビに余裕があり、Kカーンと谷津は何とかフォール負けを免れた印象を受けました。 

ジャパン対国際血盟軍、国際プロレスを知る者にはたまらない対戦、アニマル浜口&寺西勇組とラッシャー木村&鶴見五郎組の一戦。R木村、浜口、寺西の3人は国際プロレス崩壊後は「はぐれ国際軍団」として新日本プロレスで共に闘ってきた同士でした。

寺西がR木村に挨拶がわりの張り手攻撃。この時寺西はリングでの再会を喜ぶように、「おっ父、久しぶりだなぁ!」と言いながら張り手をかましていったとのことです。試合は11分50秒、R木村が鶴見とのツープラトンのパイルドライバーから寺西を片エビ固めに決め、国際プロレスのエースの意地を見せました。

ジャパン対全日本、小林邦昭&保永昇男組とタイガーマスク&渕正伸組の対戦は14分20秒、保永のダイビング・ボディアタックを受け止めてクルッと体勢を入れ換えてタイガーマスクが上になってカウント3が入り、タイガーマスクが保永を片エビ固め。

全日本対国際血盟軍、石川敬士&マイティ井上組vs剛竜馬&アポロ菅原組は13分26秒、石川がサソリ固めで菅原からギブアップ勝ち。ジャパン対全日本、永源遙&栗栖正伸組とグレート小鹿&大熊元司組は9分14秒、暴走した極道コンビが反則負けとなりました。同じくジャパン対全日本、新倉史裕&仲野信市組vsマジック・ドラゴン&川田利明組は10分56秒、新倉が川田をジャーマン・スープレックスホールドでフォールしジャパン軍の勝利。

第1試合のジャパン対全日本、笹崎伸司とターザン後藤は8分22秒、T後藤がダイビング・ボディプレスからの片エビ固めで快勝しています。

対抗戦成績は主催団体のジャパンプロレスが8戦3勝5敗と負け越し、全日本プロレスが8戦5勝3敗、国際血盟軍は2戦1勝1敗となりました。

4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年03月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031