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2019年05月26日06:37

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猪木とビンス(415)最終章

新日本プロレス47年間の歴史の中で経営危機と言われた時期は何回かあります。

��72年3月に旗揚げ戦を行い、翌73年4月に坂口征二が加入してNETのテレビ放送が付いたが、1年間のノーテレビ時代には客が全然入らず赤字続きで負債が1億円と言われ、坂口との合体が後数カ月遅かったら、新日本プロレスは潰れた、と言われていた。

��76年6月26日、日本武道館でのモハメド・アリvs猪木戦でアリのファイトマネーだけで18億3千万円。全世界で上映されるクローズド・サーキット(今で言うところのライブビューイング)の興行収入が当初の見込より大幅に減収となり、新日本プロレスは7億円とも9億円とも言われた負債を背負ってしまう。負債はNETが肩代わりし、永里高平以下NETから役員が出向して来て新日本プロレスはNETの管理下に置かれる。猪木、坂口は代表権を失い、新間は専務取締役営業本部長から平社員に格下げ。

NET(テレビ朝日)は新日本プロレスの本体のシリーズとは別に格闘技世界一決定戦シリーズを開催させ、水曜スペシャル等、ワールドプロレスリングとは別枠の特番で放送。放映権料として新日本プロレスに支払う方法で資金が新日本プロレスに還元される形で支援した。

併せて猪木、坂口はシリーズオフには従来のロサンゼルスのみならず韓国、パキスタン、ニューヨーク、ヨーロッパ、メキシコ、カナダへと遠征。フロント業務多忙の坂口も単独で国内シリーズ開催中に南アフリカ共和国、ニューヨークへの遠征を行い、外貨稼ぎ。

これにより79年には借金を完済し、新日本プロレスの実権は猪木、坂口に戻る。

��が84年編でも触れてきた前83年8月の猪木のブラジルにおける個人事業「アントンハイセル」に新日本プロレスの営業収入が流用されているのでは?という疑惑から社内クーデターが発生。8月25日の臨時取締役会で猪木、坂口、新間は再び代表権を失う。改革派の山本小鉄、大塚博美、望月正治(大塚、望月はテレビ朝日からの出向)が実権を握るも、テレビ朝日の三浦甲子二専務の反対に遭い、11月11日には再び猪木、坂口に代表権が戻ったものの、新間は退職。

社内クーデターの前に人気絶頂だった初代タイガーマスクの「引退」がありました。

猪木はアントンハイセルにおける運転資金確保の為に69年、日本プロレスが日本テレビ、NETの2局放映により会社に莫大な資金が入って来ていたのを再現させようと新間を新日本プロレスに戻さず、新団体を作らせフジテレビにそちらを放映させ、猪木は双方に出るという2局放映を画策。

新日本プロレスからは前田日明、ラッシャー木村、剛竜馬、グラン浜田が新間に声を掛けられ新団体UWFへと移籍。しかしテレビ朝日の三浦専務を怒らせ猪木のUWF行きは頓挫。結果フジテレビは放映中止を決定しました。(フジテレビが降りた理由はタイガーマスク、長州が来なかった為とも言われている)

UWFは当初の思惑通りにはいかなかったものの、4月11日、大宮スケートセンターで旗揚げ興行開催に漕ぎ着けました。これで81年8月の国際プロレス崩壊から2年8か月ぶりに男女3団体時代となった訳です。
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