ダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミスの新日本プロレスから全日本プロレスへの電撃移籍の知らせを聞いた新日本プロレスの坂口副社長は、第5回MSGタッグ・リーグ戦で立会人として来日していたWWFのビンス・マクマホン代表に同伴を依頼し、移籍会見が行われた永田町のキャピトル東急ホテルへやって来ました。
坂口は万一のことを考慮し車の中で腕時計を外していたそうです。温厚で常識派の坂口が馬場や今回の仕掛人であるミスター・ヒト(安達勝治)に暴力を振るうということは先ず考えられませんが、それだけ頭に血が昇っていたということでしょう。
前回書いたように、キッド、スミスが主戦場にしていたカナダ・カルガリーのスタンビート・レスリングはこの年の9月にWWFが買収していたのです。坂口はビンスを連れて行けば移籍を阻止出来ると考えたかと思われます。
キッド、スミスとマネージャーのヒト(安達勝治)が会見を行っている間、馬場、坂口会談は1時間20分に亘って行われ、坂口はキッド、スミスと交わした契約書を持参して馬場に移籍撤回を求めましたが馬場は葉巻をくゆらせて黙秘を決め込み会談とはならず。オブザーバーとしていたビンスも何も発言せずに終わっています。
実はビンスはスタンビート・レスリングの株式を前オーナーのスチュ・ハートから買収した際、キッド、スミスと契約を結ぼうとしましたが、キッド、スミスは「自分達のオフィスが乗っ取られたような気がして今すぐ契約する気にはなれない」とWWFとは契約を交わしていませんでした。ですから、何の抑止力もありません。
馬場は今回のキッド、スミスの全日本プロレス移籍に際し、「向こう(アメリカ)で、WWFとNWAの間でレスリング・ウォーが起きている。引き抜きとか、そういうことではなくその流れでこうなったにすぎない」とコメント。
つまり馬場の言い分は今回の移籍劇はビンス・マクマホンがこの年の2月にスタートさせた全米制圧の影響で、NWAのメンバーであったスチュ・ハートがビンスに株式を売却してしまったが、ハートファミリーであったキッド、スミスはビンスのやり方に対し不満を持っており、NWAで試合をすることを望んで向こうの方からアプローチしてきた。ここで言う「NWA」とは即ち馬場、全日本プロレスのことを指す訳です。
これはちょうど10年前の74年、猪木が馬場に対し「馬場よ、逃げるな。実力日本一の座を賭けて闘おう!」と再三対戦要求をしたことに対し、馬場が当時、新日本プロレスがNWAに加盟申請を2年連続して行い、反対多数で否決されていたことで「NWAは非メンバーとの対戦を認めていない。だから闘いたくないのではなく闘えないのだ。猪木がどうしても俺と闘いたければ先ずはNWAのメンバーになることだ」と言ってNWAを縦にしたのと同じロジックでした。
しかしこの時の馬場はNWAの第一副会長であり、馬場=NWAと自ら称しても何ら問題はありませんでした。
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