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2019年03月21日11:35

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ジャンボ鶴田怪物伝説(466)

新日本プロレスでは全日本プロレスと新日本プロレス興行(以下、新日本興行)の業務提携発表に対し坂口征二副社長が怒りを現にし、新日本興行の大塚直樹社長に全日本プロレスとの業務提携を打ち切るように通告。

新日本興行が全日本プロレスと提携を継続するようであれば、以後新日本プロレスの興行は新日本興行には売らないと「二者択一」を迫りました。

坂口副社長からすれば「裏切られた」気持ちであり、やはり危惧すべきは新日本興行が新日本プロレスと全日本プロレスの両方の興行を開催するようになれば営業秘密が相手方に漏洩する懸念があったことでしょう。

大塚社長としては自分についてきた社員、社員の家族の生活もあり、業容を拡大して売上を増やしたい、両者の見解は真っ向から対立。結果的に大塚社長は馬場の全日本プロレスを選び、既に開催が決まっている84年ブラディ・ファイト・シリーズでの興行を最後に新日本プロレスの興行から撤退する決意をしました。

大塚社長は「ウチは独立した会社、こうなったらこちらも覚悟を決めなければならない。私と懇意にしている新日本プロレスの選手に声をかけて引き抜く。全日本プロレスのリングに上げる」と宣戦布告。

UWFに続き、新日本プロレスにとっては頭の痛い問題がまたもや発生。来日外国人のブッキング窓口であったビンス・マクマホン・シニアが5月29日に亡くなり、交渉の相手方は息子のビンス・マクマホンに。

ビンスはハルク・ホーガンと組んで全米マット制圧に乗り出しており、ローカルテリトリー時代と比べて遠征費用が莫大にかかり、またNWA、AWAから選手を引き抜く為のギャランティもかかることから従来のように頻繁にスーパースター達が新日本プロレスのリングに上がることは難しくなっていました。

サマー・ファイト・シリーズ中ではありましたが猪木は7月23日、ニューヨークMSGで行われるビンス・マクマホンシニア追悼興行にシリーズを一旦欠場して参戦。新日本プロレスとWWFの契約は7月一杯で切れるとあって猪木自らビンスとの交渉の為に渡米するのは明らかでした。

実質的にはWWFの運営会社が父ビンス・シニアが代表を務めていたキャピタル・レスリング・コーポレーションと新日本プロレスとの契約であり、ビンスがリンダ夫人とキャピタル社の株を買って設立したタイタン・スポーツ社は別法人。新日本プロレスはタイタン・スポーツ社との「新規契約」に臨まねばならず。これまでビンス・シニアが新日本プロレスに来日時にMVP待遇で手厚くアテンドしていた新間寿は新日本プロレスにはおらず、苦戦が予想されました。 
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