84年グランド・チャンピオン・カーニバルPART�供�第7戦は5月25日、船橋市運動公園体育館大会(観衆3,900人発表)。
船橋ですがプロレス興行を開催する体育館は2つあり、90年代以降よく使われるようになった新京成線の北習志野にある船橋市総合体育館(船橋アリーナ)がよく知られています(プロレスではサブアリーナが使用されることが多かった)が、この時使われたのは夏見台にある運動公園体育館(市民体育館)の方です。
同じ市内に別の体育館があり、両方で興行をやったことがあると紛らわしいですが私はそのへんはかなり拘っています。千葉市では中央区弁天町にある千葉公園体育館と稲毛区天台町にある千葉県体育館(総合体育館)の2つあり千葉公園では81年3月3日、馬場vsキラー・カール・コックスのPWFヘビー級選手権試合が行われたり83年9月8日にはスタン・ハンセンが馬場を破ってPWFヘビー級王座が移動しています。
千葉県体育館では79年5月8日、ハーリー・レイスvsディック・マードックのNWA世界ヘビー級戦が行われた他、後年になってからの93年1月30日、三沢光晴&川田利明組がテリー・ゴディ&スティーブ・ウィリアムス組に敗れ世界タッグ王座を失っています。
話を元に戻します。船橋大会はノーテレビでしたが、前日の横須賀市総合体育会館でケリー・フォン・エリックを2−1で破り、第66代NWA世界ヘビー級王者に返り咲いたばかりのリック・フレアーがハーリー・レイスを相手に初防衛戦を行っています。試合は60分3本勝負。
1本目は16分6秒、フレアーのフライング・ボディアタックを叩き落としたレイスが滞空時間の長いブレーンバスター(バーディカル・スープレックス)から体固め。2本目は6分31秒、フレアーが足4の字固め。
決勝の3本目はフレアーがレイスをコーナーに詰めてのショルダー・タックル、しかしこれを見ていたレイスはレフェリーのジョー樋口を縦にして防御。フレアーの身体は樋口レフェリーと正面衝突しレフェリーはダウン。
タックル誤爆のダメージが残るフレアーをレイスは再びブレーンバスター。すかさずフォールの体制に入りましたがレフェリーはダウンしてカウントが数えられず。
怒ったレイスは蘇生した樋口レフェリーに抗議の意味を込めてパンチ1発。フレアーにぶつかり、レイスに殴られて四面楚歌の樋口レフェリーはゴングを要請、「両者ともレフェリーに危害を加えた」として10分46秒、 両者に反則宣告し1−1の引き分けでフレアーの初防衛となりました。
セミファイナルでは馬場&鶴田&天龍組の全日本プロレス最強トリオが結成され、タイガー・ジェット・シン&上田馬之助&鶴見五郎組と対戦、12分11秒、鶴田が鶴見を体固め。
前日NWA世界ヘビー級王座を失ったケリー・フォン・エリックはプリンス・トンガとタッグを組み、バズ・タイラー&ボビー・ヒーナン組と対戦、12分43秒、ケリーがヒーナンをタイガークローからの体固めで仕留めています。現前元のNWA世界ヘビー級王者が一同に会した豪華絢爛「三役揃い踏み」もこの日が最後となりましたが船橋大会だけはノーテレビ。
阿修羅・原vsザ・デストロイヤーという珍しいシングルマッチが実現し12分50秒、両者リングアウトの引き分け。開幕戦から負けがこんでいたジプシー・ジョーはターザン後藤と対戦。11分24秒、体固めでようやくシリーズ初勝利をモノにしています。
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