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2018年11月25日12:05

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ジャンボ鶴田怪物伝説(414)

全日本プロレスが所管していたタイトルは、84年3月のグランド・チャンピオン・カーニバルPART�騎�幕前の時点でPWFヘビー級(馬場)、インターナショナル・ヘビー級(鶴田)、インターナショナル・タッグ(馬場、鶴田組)、UNヘビー級(天龍)、アジア・タッグ(阿修羅・原、石川敬士組)、NWAインターナショナル・ヘビー級(M井上)と6つもあり、もうこれ以上ベルトを増やす必要もなかろう、という気にさせられます。

しかし、敢えてタッグのベルトをもう一つ作る必然性とは…?

81年7月に経営危機説が流れ、外国人選手に支払う源泉所得税を滞納しているのでは?という悪い噂が流された全日本プロレスは日本テレビから役員が出向して来て経営のテコ入れが為されました。

82年1月1日付で日テレから出向の元同社運動部長、松根光雄氏が代表権のある社長に就任、馬場は会長に棚上げされました。

松根社長は就任挨拶で「リングの上は鶴田、天龍をエースとし、馬場君には海外での広い顔を利用してプロモーターとして頑張ってもらいたい」と事実上、引退勧告とも思える発言をし、馬場との間に早くも溝が生じてしまいました。

馬場は2月4日、東京体育館で新日本プロレスから引き抜いたスタン・ハンセンと「完全復活」を思わせる好試合を展開、11,500人発表の大観衆を集めて見せ松根発言に反発していきました。

しかし、馬場vsハンセンのPWFヘビー級王座を賭けた一騎討ちも東京体育館→札幌中島体育センター→刈谷市体育館→千葉公園体育館→福島県会津体育館と地方開催になり、ドル箱とはもはやならなくなりました。

今回(84年3月24日)も蔵前国技館での対戦ですが4大タイトルマッチの1つであり、もはや「ピン」では蔵前のメインイベントでは集客は厳しく、ハンセンはタッグプレーヤーとしてもブルーザー・ブロディとの超獣コンビでの活躍が柱になっていました。

ハンセン、ブロディ組にベルトを巻かせ、インターナショナル・タッグとは別の興行的目玉が欲しい。

この時点で馬場は自分がタイトル戦線から退く決断は出来ていたと思います。日本プロレス界のレガシーである「正統の系譜」インターナショナル・ヘビー級王座は自分の後継者である鶴田に。インターナショナル・タッグ王座は鶴田、天龍組に。

自らが全日本プロレスを立ち上げる時に団体の看板ベルトとして作ったPWFヘビー級王座はハンセンに。そして新しく作るPWF世界タッグ王座はハンセン、ブロディ組に。

そのように考えていたのではないかと思います。単独エースの時は集客力がハンセンより落ちるブロディにもタッグベルトを巻かせることで「同格」扱いとなりブロディの潜在的不満を軽減させ、他所(新日本プロレス)には行かせないようにする。

鶴田とはハンセンよりも試合のテンポが合うブロディを鶴田のライバルとし、インターナショナル・ヘビー級のベルトを時に巻かせる。ブロディにはそこまで配慮が必要。

これがこの時点で馬場が考えていた構想ではないでしょうか?

またタッグの王座に「世界」を付けたのも、NWA加盟プロモーターの中では既に馬場の立ち位置は大物となっており、もはや「世界」を付けたところで誰も文句を言うNWAメンバーのプロモーターは誰もいない、ということではなかったかと考えます。


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