九州地方をサーキットしている全日本プロレスは84年2月21日は鹿児島県指宿市民体育館(テレビ収録、観衆3,000人発表)。
メインイベントでは鶴田、天龍組がスーパー・デストロイヤー1&2号と対戦。14分36秒、鶴田が1号を場外へ落としている間に鶴龍が2号にダブル延髄斬りを決め、天龍が2号を片エビ固めに決めています。
セミファイナルはインターナショナル・ヘビー級タイトル戦線から外され、2月16日、長崎国際体育館での鶴田とのノンタイトル戦も、不完全燃焼のノーコンテストに終わったブルーザー・ブロディがアジア・タッグ王者になったばかりの阿修羅・原とシングル戦。
鬱憤をぶつけるかのようなキングコング・ニードロップで6分59秒、体固めで完勝しています。
馬場はセミ前でアレックス・スミルノフとのシングルマッチを行い、僅か4分20秒、16文キックからの片エビ固めであっさりとフォール勝ち。スミルノフは完全に精彩を欠いてしまいました。
前83年3〜4月のグランド・チャンピオン・カーニバルPART�気砲胴圓錣譴深禺蠱羶瓦離蝓璽粟�(百田兄弟も出ていたが…)、ルー・テーズ杯争奪リーグ戦で優勝した越中詩郎と準優勝した三沢光晴は、このシリーズ終了後、メキシコEMLL(現在のCMLL)に修行に出ることが決定しており、この日は両者がタッグを結成。
NWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王者、チャボ・ゲレロとジェリー・モロー組と対戦。14分18秒、チャボが三沢をジャーマン・スープレックスホールドで降しキャリアの違いを見せつけました。
さて、ニック・ボックウィンクルvs鶴田のAWA世界、インターナショナル両ヘビー級選手権試合の特別レフェリーとして、前83年11〜12月の世界最強タッグ決定リーグ戦に馬場、ドリー・ファンク・ジュニア組のマネージャーで来日して以来、引退後2度目の来日となったのがテリー・ファンク。
テリー人気は前年の引退でピークになり著書「さようなら、俺はアマリロの熱き風となる」やテリーの名勝負の実況音声が収録されたLPレコード「テキサスブロンコテリー・ファンク」などが発売されていましたが、
今回の来日のタイミングで、テリー自らが全曲歌うアルバムLPレコード「GREAT TEXASAN」(グレート・テキサン)が発売されました。グレート・テキサンと言えば兄ドリーの異名でしたが…。
実際はレコードのキャンペーンで来日したと思われます。テリーの歌唱力はお世辞にもあるとは言えませんが話題にはなりました。
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