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2018年10月29日21:25

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ジャンボ鶴田怪物伝説(388)

ジェリー・モローは元国際プロレスの稲妻二郎としてもお馴染み。80年4月に国際からカナダに逆遠征、現地で知り合った女性と結婚し、生活の拠点を移しました。

81年8月、国際プロレス崩壊の報はカナダで聞かされ、男泣きに泣いたそうです。83年7月、モローとしてグランド・チャンピオン・カーニバルPART�靴僕萋�、3年ぶりに日本マットに戻って来ました。

次のスーパー・パワー・シリーズには終盤戦に参戦、約半年ぶりの来日となりましたが、この年の7月に元国際プロレス代表の吉原功氏が新日本プロレスの顧問に就任した流れを受けて8月には闘いの場を新日本のリングに移すことになり、これが最後の全日本プロレスマット登場となりました。 

初来日のトーマス・アイビーは黒人の有望株で、映画「ロッキー3」のクラバー・ラング役として知られ、後にWWFのリングに上がってプロレスの試合を行うことになるタレントのミスターTをモチーフとしていましたがキャリアの浅さと試合運びの拙さは隠せませんでした。

特別参加となるAWA世界ヘビー級王者ニック・ボックウィンクルは前83年7月のグランド・チャンピオン・カーニバルPART�薫瞥茖靴�月ぶりの来日。

前回の来日では7月12日、札幌中島体育センターで引退ツアーとなったテリー・ファンクとシングルで対戦してリングアウト負け。

翌7月13日には千歳市スポーツセンターで鶴田の挑戦を受けました。鶴田がニックのお株を奪う足4の字固めをリング中央で見せて、もはや両者リングアウトで逃げることも出来ず。

ニックはギブアップかどうかを確認しに来たジョー樋口レフェリーに対し足4の字をかけられながら樋口のシャツを掴んで引き倒す凶行に出ました。レフェリーがダウンしている間に「ギブアップ」の意思表示をしましたが、判定はその前のレフェリー暴行によるニックの反則負けとなり、ベルトの移動はなし。

ニックのダーティファイトの前にまたも無念の涙を飲んだ鶴田はこれで対ニックとのAWA世界戦の対戦成績は4戦して鶴田の3反則勝ち1両者リングアウトという結果に。

しかし、今回は鶴田が保持する日本マット界の至宝・力道山、馬場、鶴田と受け継がれたインターナショナル・ヘビー級王座も賭けてのダブル・タイトルマッチ2連戦。

また、今回のダブルタイトルマッチは両者リングアウト決着なしと言うルール。鶴田にとっては有利な条件でのダブル・タイトルマッチとなった訳です。

デビット・フォン・エリックの急死で、天龍とのUNヘビー級王座決定戦を行う為に来日した南海の黒豹リッキー・スティムボートは82年11月、世界最強タッグ決定リーグ戦にジェイ・ヤングブラッドとのコンビで新風を巻き起こして以来83年は1回も来日がなく、1年2か月ぶりの来日となりました。

ノースカロライナのジム・クロケット・ジュニア主宰のクロケット・プロの売れっ子であり、スケジュールの都合が合わずが原因でしたが、ハードスケジュールのリッキーを急遽呼べたのは馬場のプロモーターとしての政治力と豊富な資金力があったからに違いないと思います。
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