84年1月27日、ジョージア州アトランタにおいて、UNヘビー級王者、テッド・デビアスが全日本プロレスの新春ジャイアント・シリーズから帰国したばかりのマイケル・ヘイズに15分7秒、体固めで敗れて王座転落。
新王者となったヘイズは2月3日、テキサス州ダラス・スポーツアトリアムで次期「エキサイト・シリーズ」に来日が決まっているデビット・フォン・エリックに12分6秒、体固めで敗戦。デビットが新UNヘビー級王者になっています。
新王者のデビットは2月23日、蔵前国技館で天龍の挑戦を受けると全日本プロレスから発表がありました。
このデビアス→ヘイズ→デビットというベルト移動劇が果たして本当に行われていたかは?の部分があります。
UNヘビー級王座は日本プロレス時代の71年3月26日、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムにおいて猪木がジョン・トロスを破って日本へ持ち帰ったタイトルですが、それ以前の変遷は謎の部分が多く、レイ・メンドーサ、デール・ルイスを初代王者とする説があり、パンテラ・ネグラ、トロス(2度戴冠)を経て猪木を第6代王者としているのが通説です。
しかしながら、UNヘビー級(日本プロレス時代はユナイテッド・ナショナル王座、馬場のインターナショナル王座に次ぐ「アメリカ、メキシコ、日本、カナダの4か国が認定する準国際タイトル」と呼ばれていた。UNもインターも「ヘビー級」が付いたのは全日本プロレスの管理下に置かれてから)王座は、69年に日本プロレスの中継を後発でスタートさせたNETが馬場の試合が日本テレビとの関係から放送出来ないこともあり、自局のエースである猪木に「世界に通じるシングルベルトを」と働きかけ、
NETのテレビ解説をしていた遠藤幸吉がロサンゼルスのプロモーターであるマイク・ラーベルに働きかけて作ってもらったベルト、というのが真相かと思われます。
メンドーサやルイスがUNベルトを腰に巻いているファイティングポーズ写真も存在しています。となるとやはりそれ以前から王座は存在していたのか…
ですが、パシフィックコースト王座なるベルトが存在し、そのベルトとUNベルトはデザインが同じとも言われています。
チャンピオンベルトは紛失、盗難、王者の荷物付着遅延等の不測の事態発生の為に、レプリカを複数本作製されると言われております。ですからパシフィックコーストのベルトをメンドーサやルイスが巻いていて、その写真をUN王者として変遷史に使った可能性はあります。
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