85年12月19日、試合でハワイに遠征していた猪木、坂口とハワイでオフを楽しんでいた馬場の三者会談が行われ、新日本プロレスを退団し、ジャパンプロレスのリングに上がっているスーパー・ストロング・マシン、ヒロ斉藤、高野俊二のカルガリー・ハリケーンズの全日本プロレス参戦について、86年1月からの参戦は見合わせることで合意しました。
85年12月29日、ニュージャージー州イースト・ルーサーフォード地区ブレンダン・バーンアリーナで全日本プロレスを主戦場にしているスタン・ハンセンがリック・マーテルを14分1秒、逆エビ固めで破りAWA世界ヘビー級王座を獲得しています。ハンセンはアメリカでは初のメジャータイトルの王者となりました。
ジャパンプロレスシリーズ参戦2年目となる全日本プロレスの86年は団体旗揚げ以来初となる1月1日の元日興行「ニューイヤー・ウォーズSUPER BATTLE86」開幕戦、後楽園ホール(テレビ収録、観衆3,400人超満員発表)からスタート。
この大会はジャパンプロレスへの売り興行で恒例の1月2日、3日の後楽園昼興行と合わせて2年連続の3連戦。(85年は2、3、4日の開催)元日興行は新日本プロレスが82年から4年連続して開催して来ましたが、強気の全日本、ジャパン連合軍が横取りした形になりました。
WWFの全米制圧の影響を受けたのは新日本プロレスだけではなく、このシリーズ、前年暮れの世界最強タッグ決定リーグ戦から連続参戦が発表されていた(1月9日から特別参加)ダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミスのブリティッシュ・ブルドッグスが来日をキャンセル、代わってバリー・ウィンダム&マイク・ロトンドのUSAエキスプレスが来日することになりました。
開幕戦のメインイベントは長州vsカナダのウェイトリフティング世界王者であるトム・マギーとの異種格闘技戦が行われています。
ウェイトリフティングがそもそも格闘技かというツッコミどころは満載でしたが、キッド、Dスミスを全日本プロレスに仲介したミスター・ヒトからの売込案件であり断り辛かったのではないかと思われます。
マギーは前85年、カナダのカルガリーでデビューしたばかりの新人プロレスラーでした。試合は5分10ラウンドで行われ、マギーはカンフーまがいのキックなども見せていますが試合はしょっぱく、3ラウンド2分13秒、長州がリキラリアット2連発からの体固めでフォール勝ち。
セミファイナルは鶴田、天龍、大熊元司組とラッシャー木村、阿修羅・原の国際血盟軍に前85年8月にヒールターンしたザ・グレート・カブキがトリオを結成して対戦。14分5秒、鶴田組の反則勝ちとなりました。
ノースカロライナのジム・クロケットのブッキングでニキタ・コロフとクラッシャー・クルスチェフのザ・ロシアンズが初来日(序盤1月7日までの特別参加)。ニキタはイワン・コロフの甥というギミックでしたが血縁関係はなく、本名はスコット・シンプソンでした。クルスチェフのバリー・ダーソゥは後にデモリッションのクラッシュとしても活躍します。
開幕戦では谷津嘉章、寺西勇組のジャパン勢と対戦。5分1秒、クルスチェフがバックドロップの体勢に抱え上げ、ニキタがダイビング・ラリアットを決めるロシアン・シックル(鎌の意)の合体攻撃で寺西を片エビ固め。
前85年12月の最強タッグ終盤戦に突如、予告なく海外修行から帰国した冬木弘道は馬場とのタッグでかつての同門の先輩、国際血盟軍の鶴見五郎、剛竜馬組と対戦し11分8秒、スピンキックからの片エビ固めで剛からフォール勝ちを奪いました。
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