86年2月5日、大阪城ホール大会(テレビ収録、観衆12,980人満員発表)ではメインイベントで藤波、木村健吾組にケビン・フォン・エリック&ケリー・フォン・エリックのエリック兄弟が挑戦したIWGPタッグ選手権試合が行われています。
両チームは前85年10月4日、札幌中島体育センターでWWFインターナショナル・タッグ王座を賭けて初対戦し8分29秒、両チームリングアウトの不完全燃焼試合に終わっています。
今回も挑戦者チームの鉄の爪兄弟が「手のひらエイリアン」と言われたアイアン・クローで試合の主導権を握りましたが、最後は場外での乱戦となり15分46秒、木村健がケビンをリングアウトで破り、藤波、木村健組が王座初防衛を果たしています。
セミファイナルで行われたのは翌6日、両国国技館で猪木とのシングルマッチ対戦権を賭けた前田日明と藤原喜明のUWFリーグ代表決定戦。
試合は60分1本勝負で行われましたが、12分21秒に両者リングアウトの引き分け。決定戦なので決着はつけなければならず再試合となりました。
前田のスリーパー・ホールドと藤原のレッグロックの掛け合いになり、藤原が口から泡を吹いたところでレフェリーのミスター高橋が試合をストップ。
藤原の失神負けかと思われましたが、藤原が落ちる寸前に前田がレッグロックでギブアップしている、という判定で7分26秒、足首固めで藤原が勝利。猪木との対戦権を獲得しています。
猪木はこの日、UWF勢と今シリーズ初めて手合わせしています。若手の山田恵一をパートナーに指名し木戸修、高田伸彦組と対戦。
山田が切り込み隊長として果敢に立ち向かって行きましたが、12分57秒、高田のジャーマン・スープレックスホールドの前にフォール負けを喫しました。
シリーズ最終戦の2月6日、両国国技館(テレビ収録)はUWF復帰効果か、11,190人(超満員発表)の観客を動員。都内の大会場では前85年8月1日の同所での猪木vsブルーザー・ブロディ戦以来の10,000人超えとなりました。
メインイベントは猪木と藤原のシングル戦。藤原のアキレス腱固めに対し、猪木は「角度が違う!」とアピールし藤原との格の違いを見せつけました。
猪木は藤原の内腿に蹴りを放ってから一気にスリーパー・ホールド。19分37秒、藤原は失神し猪木の勝利。
試合後、猪木の蹴りを急所攻撃、スリーパーをチョークと捉えていた前田がリングに上がり、猪木の顎をめがけてハイキックを一発見舞い、猪木は大きく吹っ飛ばされました。
前田は「アントニオ猪木なら何をやっても許されるのか!」と新日本プロレス復帰以来の思いの丈をぶちまけました。
藤波はケリー・フォン・エリックとシングルマッチを行い5分40秒、両者リングアウト。木村健はケビン・フォン・エリックに9分23秒、反則負け。
IWGPジュニア・ヘビー級初代王座決定リーグ戦優勝決定戦は得点28で1位のザ・コブラと得点27で2位の越中詩郎が対戦。
大方の予想ではコブラ有利でしたが、15分22秒、鮮やかなジャーマン・スープレックスホールドで越中がコブラからカウント3を奪い、初代王者となりました。
全日本プロレスから移籍して半年で成果を出すことが出来た訳です。
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