85年7月28日、大阪城ホール(テレビ収録、観衆13740人超満員発表)では猪木とブルーザー・ブロディの2度目のシングルマッチが開催されました。
全日本プロレス、ジャパン連合が大阪城ホールを多用していたのに比べ、新日本プロレスは分裂前の84年3月21日以来2度目の開催。前回の大阪大会が2月6日、閉館直前の旧府立体育会館だっただけに約半年ぶりの開催、しかもメインが大阪では初となる猪木vsブロディだけに日曜日ということもあって多くの観客が詰めかけました。
試合はブロディのマイペースな試合ぶりに猪木が怒りを爆発させたか、ブロディのコーナーに置いてあったチェーンと椅子をを持ち出してブロディを攻撃し16分38秒、猪木の反則負けとなりました。
藤波はジミー・スヌーカと5月13日、大分県立総合体育館以来のシングルマッチ。15分1秒、ジャーマン・スープレックスホールドで藤波がフォール勝ち。
この日、NWA世界ジュニア・ヘビー級王者ザ・コブラとWWFジュニア・ヘビー級王者ヒロ斉藤がダブル・タイトルマッチで激突。開幕戦の6月28日、品川プリンスホテル・アイスアリーナではコブラがH斉藤のWWFジュニア王座に挑戦。ジャーマンの前にフォール負けを喫したコブラでしたが、カウントが早い、と猛抗議し、今回、自ら保持するNWA世界ジュニア王座のベルトも賭けて再戦を要望、実現の運びとなりました。
試合は12分24秒、両者リングアウトとなりましたが、両者納得がいかず、再試合。2分26秒、コブラが逆さ押さえ込みでH斉藤から3カウントを奪って勝利。NWA世界ジュニア王座を獲得すると共にWWFジュニア王座に返り咲き。再びジュニア二冠王者となっています。
坂口、木村健吾組はキングコング・バンディ、バッドニュース・アレン組に反則勝ち。スーパー・ストロング・マシンは高野俊二とのシングルマッチが組まれましたが両者フェンスアウトの引き分けとなりました。
シリーズ最終戦、8月1日両国国技館は11140人(超満員発表)の観客を集め、ブロディ移籍以来、東京の大会場は観客数が回復してきました。
メインとセミは大阪城ホールと同一カード、猪木vsブロディ、藤波vsスヌーカの2大シングルマッチ。
猪木とブロディ、3度目のシングル戦は21分24秒、またもブロディのチェーンで攻撃を加えた猪木が反則負けとなりました。対戦成績は3戦し猪木の2敗1分。
藤波とスヌーカは15分9秒、スーパーフライからの片エビ固めでスヌーカが勝利し、対戦成績は3戦1勝1敗1分の五分となりました。
コブラはドン荒川の挑戦を受けてNWA世界ジュニア・ヘビー級王座防衛戦を行い、9分58秒、ジャーマン・スープレックスホールドで8度目の防衛。
日本側の選手不足もあり、「前座の力道山」、ひょうきんプロレスの荒川がジュニア王座に挑戦した訳ですが、ベンチプレスで200kgを上げ、ガチンコ最強説も根強い荒川もタイトルマッチでは本領発揮には至らず。
試合後コブラはNWA世界ジュニア・ヘビー級の王座を返上しています。
SSマシンはこの日Sマシン3号と対戦、僅か1分28秒、スクールボーイで丸め込んでいますが、SSマシンにはもはやマシン軍との抗争はあまり意味を為さないものになっていました。
8月3日、ハワイ・ホノルル・アロハスタジアムのリア・メイビア未亡人派の興行に新日本プロレス勢が参戦。猪木はブロディと4度目のシングル戦で8分45秒、両者リングアウト。コブラはハワイのレスラーであるスーパーフライ・チュイを破りWWFジュニア・ヘビー級王座を防衛しました。
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